秋〜冬のボルシチランチ

ジョージア(グルジア)ナチュラルワイン

《☆トピック★ビルマ(ミャンマー)情勢☆》

ロシア戦争映画(モスクワ攻防戦80周年記念)

頼山陽石碑について

ご友人 ご家族での会食、ディナーのご案内 

こんにちは
今年も早いものであと僅かです。


 引き続きCOVID-19感染対策をしっかりして行きましょう。
愛知県内の感染状況次第で
お休み日に変更があります。
下方のお休みのお知らせ、
又はお休みカレンダー
(トップページ一番上まで戻してタップを押して下へ スクロール)で随時ご確認ください。

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クリスマス、年末年始の丸鶏料理の予約受付中
ご予約はお早めに。

お昼のランチは 御来店がお決まりのお客様は御予約をお願い致します。
暫くの間、人数制限をしておりますので席が空いていても入店をお断りする場合がございます。
座席は御予約のお客様を優先いたします。
※尚、新型コロナウイルス感染状況に伴い集客の見込みの無い状況下においては早めに閉店する日時もあります。
ご来店がお決まりの日時がございましたら御予約のほう宜しくお願い致します。

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《当店はCOVID-19感染対策 第三者認証制度の認証店です。》

《暫くの間、営業時間は》
ランチ
月、水、金曜日 11:30~16:00
木曜日 11:30~15:15
土曜、日曜日 11:30~16:00

※終了時刻はその日の状況により前後します。

☆夜のディナーは全日要予約です。☆

17:30~22:00迄です。
アルコールの提供は営業終了30分前迄です。

コロナウイルス感染対策の観点から引き続き当面の間3蜜を防ぐために、
人数制限と時間短縮営業 を併用しながら営業して行きます。
当店は私の側(厨房)お客様側(窓)と両側から換気を行えますので風通しも大変良いです。
アクリル板で遮断する他店よりも換気は非常に良いと思います。
(最小限のアクリル板)
アルコールは入口ドア開けてすぐ右側に手をかざすだけの自動アルコールスプレーと押すタイプの両方が置いてあります。
各自アルコール消毒をお願い致します。
また、顔認識非接触検知器で検温をお願い致します。

尚、COVID-19感染者状況の変化により営業時間等、変更する場合がございます。
(事前のご予約には対応いたします。)
メニューは多少限定したメニューとなります。 (食材管理、維持の面から)

☆夜のディナーにつきましては事前に要予約⭐︎
17:30~22:00迄
お休み日以外の日時で受付ております。 
アルコールの提供は営業終了30分前迄です。
同時間帯1組 1グループ10名様迄  
 ※コロナウイルス収束迄の間は人数制限あり。徐々に緩和。

御予約、ご要望等はお電話で承ります。ホームページメールフォームからメールでも結構です。

※(お休み日は電話に出られない時間帯がございます。
必要事項ご記入の上、ホームページメールフォームからメールでお願い致します。)

※スマートフォンのお客様はトップページのいちばん最初のところまで戻してから
左上のメニュータブをクリックして下さい。
営業日カレンダー、各種メニュー、御予約メール、Instagram等はタブから出てきます。

『ジョージア(グルジア)コース』新設しました。
※詳しくはメニュータブからコースメニューをクリックしてください。

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また、少しずつですがアラカルトのジョージア(グルジア)料理も改良していきます。
クリスマスや新年、
家族でのお食事、仲間内でのパーティー、送別会等には
アラカルトメニューにあります 『タバカ』や『米燻嫩鶏』をメニューに取り入れたお任せコースも良いかと思います。
また単品アラカルトとして、条件付きでお持ち帰りも可です。
(例として大皿持参、お車でお越しの事前に御予約を頂きましたお客様)

 
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お昼のランチは
9/11~
『秋〜冬のボルシチ』ランチです。
寒い日にはボルシチで温まりましょう。

ボルシチランチ2021秋〜2022春(ドラッグされました)
ボルシチランチ2021秋〜2022春(ドラッグされました) 2
ボルシチランチ2021秋〜2022春(ドラッグされました) 3

ユーラシア食堂さらび では夕方以降の会食承っております。
 旧東海道のひっそりとしたプライベートな空間で

美味しい中国料理、ロシア料理、中央アジアの料理をお楽しみ下さい。

小さな食堂ですが造り手と接することのできるお店です。お一人様から20名様位迄で対応しております。

当店は特殊な場所に位置しておりますので集客の見込みの無い日には早めに閉める事があります。また、小さなお店ですのでせっかくお越し頂いてもご予約のお客様でいっぱいで入店出来ない場合もございます。

ご予約の程よろしくお願い致します。

 料理内容等はアラカルトから選んで頂いても結構です。

☆お勧めは お客様のご要望と御予算をお聞きした上で内容を決める

『おまかせコース』プランです。

普段お出ししていない料理は こちらの『おまかせコース』プランからです。

パンペリメニ

キエフA79D9AF7-9F19-4E33-A8EC-AD43A56DC89C ニジマス

ご要望等お気軽にご相談ください。

ご友人 ご家族でのお食事、ご宴会等、ランチ時間での婦人会等、お待ちしております。

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ワイン

ワイン造り8000年の歴史を持つワイン発祥の地ジョージア(グルジア)

8000年前からの造り方《タンクや樽ではなく、“クヴェヴリ(甕)”》
 で造られた自然派の造り手たち、

伝統製法継承者たちの
『ジョージア(グルジア)ナチュラルワイン』
も入荷しています。

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【クヴェヴリ は世界文化遺産です】

※新入荷の自然派ジョージアワインがリストに加わりました。
(リストの変更、更新を行いました。)ドリンクメニューからご確認ください。

ジョージア(グルジア)自然派の造り手による
クヴェヴリ醸造ナチュラルワインを
メインに取り揃えておりますが、

一部、ジョージアワインメーカー(自然派ではない)工場生産ワインも
白と赤1〜2種ご用意しております。
私のお勧めは“自然派”ですが、
昨年から 一部、ジョージアワインメーカー(自然派ではない工場生産ワイン)も
白と赤1〜2種ご用意しております。
私のお勧めは“自然派”ですが、
よく知られた地区の名を冠するメーカー生産ワインも少しだけ用意しようと思いました。
 白、ツィナンダリ 
 赤、キンズマラウリ
どちらも飲み易く工場生産ワインですからお手頃価格です。
東京のロシア料理店より断然お値打ちです。

また、この春から『南ロシア 黒海沿岸のワイン』も入荷。
この秋新に入荷したロシアの代表的ブランドメーカーワインも良いと思います。
旧ソ連圏ではジョージア(グルジア)を筆頭にすぐ隣のアルメニア、黒海沿岸のウクライナ、南ロシアも古くからのワインの産地です。

詳しくはドリンクメニューでご確認ください。
※一番上まで戻してから左側のタブからドリンクメニューをクリック

林檎ピローグ

お客様のご予算、料理の希望内容等、柔軟に対応させて頂きます。

前日、当日のご予約でご利用いただけるコースもございます。

ハチャプリ焼く前

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ご依頼、ご相談は店主までお気軽にどうぞ。

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詳しくはコースメニューでご確認ください。

2021秋〜ディナーのご案内(ドラッグされました)

☆CCCP モスクワ防衛軍☆
 ☆モスクワ攻防戦80周年記念☆

2作品連続公開!
11/19(金)〜「1941 モスクワ攻防戦80年目の真実」
※おすすめです。
近年観た戦争映画の中で私の一押し!

12/3(金)〜「ナチス・バスターズ」

[ナチス と ミャンマー軍事フンタ は同列!
 フンタバスターズ!!! 
そう遠くない。PDF国民防衛隊の中からフンタバスターズ!
極悪非道のSACフンタ軍 は ナチス と同列

名古屋名演小劇場、イオンシネマ名古屋茶屋、ユナイテッドシネマ豊橋18、ユナイテッドシネマ岡崎、イオンシネマ各務原


ディズニー ロシア による異世界エンターテイメント
「ベロゴリア戦記1、2」


「ベロゴリア戦記公式サイト」
https://belogorie.jp

写真は店主 名古屋10/31日 

※ミャンマー(ビルマ)国内避難民、市民負傷者に対する医薬品、食料のための募金活動中です。
在日ミャンマー人組織からNUG国民統一政府へ直接送られます。
→地元民組織→避難民、負傷者。
 ※状況がある程度落ち着くまで。


写真はチン州 地元メディアから

軍事フンタに家を燃やされたサガイン管区の村人、消火活動中。
こうした光景は9月以降頻繁にほぼ毎日何処かの村で軍事フンタによる砲撃か放火により
目撃されている。

☆名古屋でも土曜又は日曜日に(金山総合駅または名古屋駅東側または栄交差点)のどこかで在日ミャンマーの方々による
募金活動がおこなわれています。

見かけたらご協力いただけると幸いです。
写真はMyanmarYouthCommunity(Nagoya)の皆様

_

◎国連、国際機関の支援が、切実な援助が必要な地域に入り込めない(軍政が許可しない)ため、
チン、サガインの避難民はかなり厳しい状況であることが伝えられております。
国連も最大の障害は軍事フンタだと明言しております。


☆アメリカはタイに対してタイ側から国境を越えた援助を働きかけております。
10/19~20日バンコク
https://www.rfa.org/english/news/myanmar/us-thailand-aid-10202021181827.html
タイ首相がビルマでビルマCIAの安全保障および人道支援副長官と会談
11/20日バンコク バンコクポストは、プラユットチャンオチャ首相とCIA副長官のデイビッドコーエンが11/19金曜日の午前9時30分にタイ政府庁舎で事前の通知なしに45分間会ったと述べたと情報筋を引用した。
https://burmese.voanews.com/a/cia-deputy-director-thai-pm/6321067.html
11/21日 CIA副長官とタイ首相との会談に関する意見
https://burmese.voanews.com/a/react-us-thai-discuss-myanmar-issue/6321418.html

チン州の山の中は標高が高いため、秋〜冬は寒いと伝えられています。
衣料品の提供は韓国のグループが行なっていると聞きました。

 ◎ミャンマー中央都市部では経済活動が戻ってきているようです。
ただし、爆発が頻発、軍事フンタ警察、軍による警戒が強化されている。
(市民達の抗議活動もフラッシュモブ方式で滞りなく続いている。
また、軍事フンタによる”没収キャンペーン”が盛んになっている。)

経済を回して『市民生活の持続可能な状況』にしておく事は
 2年のスパンで見た場合、たいへん良い兆候で、
 ビルマ独立以後の歴史の中で、
最大のピンチの中から
ようやく
 ”真の連邦制” 
への見込みが
 来年以降出てくるのではないでしょうか。
大義の無い軍事フンタ、一般兵士家族を人質として維持することにより
離反を防いできたやり方には時間が経てば経つほど
ほころびが、体制維持は次第に難しくなってゆくでしょう。
 どこかの段階でTatmadaw(ミャンマー国軍のこと)の分裂、
ラカイン(AA(アラカン軍のこと))、シャンの幾つか、ワ州連合軍を除く 
 EAOとPDFとの統合と分裂Tatmadawの合流が
やがて真の連邦軍への道のりとなろう。


写真はTheIrrawaddyから
クーデター以前の仲の良い国家顧問と内務大臣(中将)。両者とも軟禁状態と解任左遷。

市民達にとっては長い闘いですが、より直向きに人々を強くするでしょう。
皆それぞれに出来る事をする。
ただ明日へと。

 ◎今はチン、サガイン、マグウェ北部は大変厳しい状況です。

※ミャンマーにおける暴力の増加に関する共同声明11/26
アメリカ合衆国国務省
以下は、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、ノルウェー、大韓民国、英国、米国の政府によって署名された共同声明のテキストです。
残念な事に日本政府は含まれません。
https://www.state.gov/joint-statement-on-increasing-violence-in-myanmar/

ミャンマー(ビルマ)の人々
強固な団結心、
連邦意識、
自分を犠牲にしても勝ち取る権利、
強い意思、
逞しい人々、

尊敬と敬意の念をこめて

デモ787585AD-74A5-4E12-A494-35850A1F7304_4_5005_c

 
 ☆トピック☆
 《ビルマ(ミャンマー)情勢》

◎国連人道問題調整事務所OCHA

https://reliefweb.int/report/myanmar/myanmar-flash-update-escalation-conflict-northwest-3-november-2021
ミャンマーフラッシュアップデート
:北西部における紛争の拡大(2021年11月3日現在)
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ハイライト
•最近、ミャンマー軍(MAF)とチン州のチンランド国防軍およびマグウェとサガイン地域の地元の人民防衛軍(PDF)との間の北西部での戦闘が激化しています。

•チン州では、10月29日に、160を超える家屋、2つの教会、およびサントランタウンのNGO事務所が全焼したと伝えられています。

•2019年12月以降、以前にアラカン軍(AA)とチン州パレッワのMAFとの間の紛争により避難した約7,600人に加えて、北西部で5月に始まった戦闘により、女性と子供を含む約37,000人が新たに避難した。

状況の概要

チン州、および隣接するマグウェとサガイン地域の人道、人権、治安の状況は、MAFと地元のPDFの間で報告された武力衝突の激化により悪化している。権利侵害や因果関係だけでなく、移動も増加しています。チン州では、8月以降同様の物的損害に直面している他の町に加えて、160以上の家屋、2つの教会、およびサントラン町のNGO事務所が10月29日に全焼したと伝えられている。ほとんどの住民は、紛争を見越してすでに9月下旬に逃亡していた。しかし、ユニセフは、サントランタウンにとどまると考えられている子供たちの安全を懸念しており、これらの子供たちと紛争の影響を受けたすべての子供たちの安全を確保するための早急な努力を求めています。

5月に衝突が始まって以来、現在、女性と子供を含む約37,000人が北西部で避難している。これには、チン州のいくつかの町で避難した少なくとも18,300人が含まれます。これらの人々のうち、10,000人以上の国内避難民(IDP)が、インド国境に隣接するチン州のタントランタウンシップに避難しています。チン州の新たに避難した人々は、AAとMAFの間の紛争のために、チン南部のパレッワで2019年12月以来避難を続けている約7,600人に加えてです。伝えられるところによると、2月1日の軍事クーデター以来、約15,000人が国境を越えてインドに入った。

サガインとマグウェ地域の避難民の総数は、過去2週間、元の地域に戻った人もいれば、新たに避難した人もいるため、ほとんど変わっていません。サガイン地域のケール、カニ、キンウ、ミンギンの各タウンシップの避難場所には約7,000人が残っており、マグウェ地域のガンゴー、ポーク、ソーの各タウンシップの避難場所には約12,300人が残っている。

https://reliefweb.int/report/myanmar/myanmar-humanitarian-update-no-11-1-october-2021

☆ミャンマー人道支援アップデートNo.12 11/5日

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ハイライト

•最近、ミャンマー軍(MAF)とチン州のチンランド国防軍およびマグウェとサガイン地域の地元の人民防衛軍(PDF)との間の北西部での戦闘が激化しており、5月以降約37,000人が避難し、物的損害が発生しています。

•シャン州の北部と南部での紛争は、MAFと民族武装組織(EAO)の間、およびこれらのEAOの間の衝突が衰えることなく続いた。いくつかのタウンシップでは、10月に新たな避難と帰還、そして民間人の死傷者が見られました。現在、約18,300人の国内避難民が9つのタウンシップで確認されています。

•ミャンマー南東部の治安状況は依然として脆弱であり、10月中に23,500人の避難民が増加した。

•11月1日の時点で、2月1日以降、武力衝突と不安のために推定223,300人がミャンマー全土で国内避難民のままでした。

•緊急の人道支援と保護サービスを必要としている脆弱な人々へのアクセスは、武力衝突の激化、全体的な不安、官僚的な(軍事フンタによる)妨害、およびCOVID-19関連の制限のために厳しく制限されたままです。

•OCHAのFTSによると、11月1日の時点で、人道的対応計画および暫定緊急対応計画に基づいて要求された3億8,570万米ドルの約半分が受領されました。

状況の概要

◎チン族の新たな移動、サガインとマグウェの人口移動

チン州、および隣接するマグウェとサガイン地域の治安状況は悪化し続けています。
MAF軍の強化と、MAFと地元のPDFとの間の武力衝突が多くのタウンシップで報告され、その結果、さらに民間人が避難し、人道的ニーズが高まった。
チン州では、ファラム、ミンダット、サントランの各タウンシップで武力衝突が報告された。
ファラムは10月12日から25日の間に最も激しい戦闘になりました。
ファラムタウンシップのいくつかの村から約3,000人がジャングルまたは敵対行為から離れたより安全な場所に避難を求め、10月中旬までに約4,000人が帰村した。
Rialti、Taal、Thlanrawnの3つの村の30以上の家と1つの教会が破壊または焼失し、100以上の家が略奪されたという報告があります。
敵対行為(軍事フンタによる)の最中に、ファラム郡区のラムスロ村で多くの家畜が殺されました。
10月29日、サントランタウンで160を超える家屋、2つの教会、NGOの事務所が全焼しました。
その時までに、ほとんどの住民は9月下旬にすでに逃亡していました。

10月25日の時点で、チン州の5つのタウンシップで約18,340人が避難を余儀なくされています。
これは、MAFとアラカン軍(AA)の間の以前の紛争により、2019年12月以降にパレッワタウンシップで避難した約7,600人に追加されたものです。
カンペットレット、ミンダ、サントランの各タウンシップを含むチン州全体のほとんどの国内避難民は、農業活動の制限とサプライチェーンの混乱により食糧不足に直面していますが、
人道的アクセスは非常に限られています。

サガイン地域では、武力衝突がさまざまな町、特に10月12日から24日の間に、Ayardaw、Kawlin、Kale、Khin-U、Mingin、Pale、Myaungで報告された。
MyaungTownshipのNaNwin Kaing Villageの約150家族が、10月23日から24日まで、近くの森と村に一時的に避難しました。
ミンギンタウンシップの5つの村からさらに4,000人が、10月26日に一時的に家を森に逃げることを余儀なくされました。
10月25日の時点で、約7,000人がケール、カニ、キンウ、ミンギンの各タウンシップの避難場所に残っており、不安のために家に帰ることができません。

マグウェ地域では10月に大きな衝突はありませんでしたが、いくつかの場所で地雷が報告されています。
10月18日、パコックとミンダットの間の道路は、キャウクツタウン近くの橋が大雨により損傷したため一時的に閉鎖された。
10月25日の時点で、ガンゴー、ポーク、ソーの各タウンシップで約12,320人が避難を余儀なくされています。
人道支援パートナーは、ニーズを評価し、チン、サガイン、マグウェの避難民への支援を強化するために、調整を拡大するために取り組んでいます。
しかし、5月以降、国連またはINGOは、サガインおよびマグウェ地域、
あるいはチンダットの都市部を除いてチンの他のタウンシップには立ち入り許可が与えられていません。

https://reliefweb.int/report/myanmar/myanmar-humanitarian-update-no-12-5-november-2021

AAPPビルマ政治囚支援協会(ビルマ)は、タイのメーソートに本拠を置く非営利の人権団体です。AAPPは、タイとビルマの国境に亡命している元政治犯によって2000年に設立されました。AAPPは、残りの政治犯の釈放と釈放後の政治犯の生活の改善を支持し、ロビー活動を行っています。


11月29日の時点で、(1297)人がこの軍事政権のクーデターによって殺害されたことが確認されています。
11月29日の時点で、合計(7608)人が現在拘留されています。(341)人々は直接刑を宣告され、そのうち34人は死刑を宣告された(2人の子供を含む)。1954回の逮捕状。118人が欠席判決を受け、そのうち39人が欠席裁判で死刑判決を受けました。合計73人が死刑を宣告されました。
正確な身元と総数はまだ確認されていませんが、最近リリースされたものを引き続き確認します。

※これはAAPPによって検証された数であり、
実際の死亡者数はおそらくはるかに多いでしょう。

2021年11月11日

今朝、AAPPは、民主化闘争の取り締まりにおいて、軍事Juntaが10,000人の民間人を拘留したことを記録した。これらは、母親、父親、息子、娘、友人、および2月1日の不法なクーデターの試みに抵抗することを選択した他の愛する人たちです。
 それでも、これらはAAPPによって文書化されたわずか10,000人の個人です。
私たちの組織はもっとたくさんの人々が存在することを知っています。
4月24日、軍はASEAN首脳会談で9,948人が拘留され、4,511人がすでに釈放されたと語った。

しかし、いわゆるSACは、無条件の釈放で欺瞞を試みます。
6月30日、軍は2,342人の抗議者を釈放すると発表したが、確認されたのは370人だけである。
10月18日の釈放では、5,636人の釈放を発表した。
しかし、AAPPは4,075人の釈放しか確認しておりません。
またその内、1,199人しか特定されていません。(多くが釈放後再び逮捕されている)

釈放された者は全員、刑事手続法の401(1)に署名することを余儀なくされ、
将来の逮捕された場合、より厳しい判決で脅迫されます。
軍事ジュンタによるこれらの過去の発表によると、クーデター以来、12,489人の政治的拘留者が釈放された。
しかし、現実とこの軍事フンタが世界に伝えることとの間には、
クレーターサイズのギャップがあります。

11月11日の時点で、少なくとも150人が拘留中に殺害されており、
一部は残忍な尋問方法により24時間以内に殺害され、その他は過密な刑務所に閉じ込められ、
パンデミック中に必要な治療を拒否された。
 しかし、拘束されたすべての人は精神的および肉体的に拷問されます。
親戚が見つからないときに人質になっている人もいます。クーデター以来、244人が人質として逮捕され、そのうち194人は拘留されたままである。最年少は1歳未満の乳児です。

 私たちの情報源によると、刑務所の状態は冷酷であり、至る所に腐敗があります。
食べるのに十分な質の高い食べ物や寝るスペースがありません。
被拘禁者は、最も基本的な人間の尊厳さえも否定され、品位を傷つけたり過酷な労働を避けたりするために賄賂を支払う必要があります。
 基本的に、逮捕された10,000人の民間人は犯罪者ではなく、
学生、医師、ジャーナリスト、教師、ストライキ労働者、政治家、弁護士、公務員です。
厳しい権威主義的支配への復帰を望まない人々です。

[軍事的影響を受けた]政治的、経済的、社会的危機に対処するための
ASEANの「5点合意」は、政治犯の増加を無視した。
最初の論点は、国家顧問のアウンサンスーチーとUウィンミン大統領を含むすべての政治犯の無条件の釈放であるに違いありません。

この不法な軍事クーデターにより恣意的拘禁が始まりしました。
政治犯の存続はビルマの民主主義のバロメーターです。
政治犯がいる限り、国民の和解はあり得ない。

10月にSAC軍事Junta政権テロリストによって犯された犯罪

10/18日の政治囚釈放について
 2021年10月26日
10月18日、軍事フンタは、1,316人の有罪判決を受けた被拘禁者と、さらに4,320人の裁判に直面している者を釈放すると発表した。つまり、合計5,636人の民間人が釈放されると約束した。
しかし、AAPPの文書によると、10月25日の時点で、4,065人の犠牲者のみが釈放され、そのうち480人が特定されています。

過去に、軍事フンタは恣意的拘禁に関する公式データの公開を拒否し、
釈放された方のリストも公開していません。
囚人の正確な数と身元は公表されなければなりません。

AAPPは現在、釈放されている被拘禁者に関するデータを収集および検証しています。
したがって、私たちは、生存者の釈放に関するさらなる情報を保持している一般市民に、政治囚支援協会に連絡することを勧めます。
確認後、最近リリースされたものを引き続き確認します。

※繰り返しになりますが、私たちは軍事フンタに、アウンサンスーチー国家顧問とウィンミン大統領を含む
すべての政治犯を即座に無条件に釈放するよう呼びかけます。
私たちは、軍事フンタに圧力をかけ、恣意的拘禁やその他すべての非人道的な行為に責任を負わせるために、国際社会の支援を要請します。

 

各戦闘事例を集計してみるとざっと死亡者4800人以上は軍事フンタ側で出ていると見るべき。
また、PDF(人民防衛隊(国民防衛隊))側、レジスタンスファイターも最近の巧妙な軍事フンタによる掃討作戦により罠にはまり捕らえられ連行され撲殺された方、射殺された方等は検証できないためこのAAPP死亡者数字には含まれません。
未検証のため、身元不明のため、カウントされない(できない)方々が十数倍の数で存在。
私の推測ですが、死亡者数の実際は市民側、軍事フンタ側双方合わせると
プラス15000~28000人の間と見るべき。
(8888民主化運動の時を既に大幅に上回っている。)
さらに避難民の死者を含めればさらに多い数字になると思われます。

今後も随時追加していきます。

9/25~26日にSAC軍事フンタテロリストが野営したDemosoタウンシップLoneThar村で発見された身元不明の死体の発見10/1日の現地Twitter送信
こうした例は身元不明のためAAPP死亡者数にカウントされません。

実際の死亡者数はAAPPがそう伝える徹り、
”おそらく遥かに多いでしょう。”
因みに軍事フンタ政権はサガインでの死傷者は無いと伝えられています。

◎暫く静観して観察しています。

更新は週1程度になります。
(みなさん地元媒体を観察してみてください。
これまで幾つかの媒体から引用しましたので、そこから現下の情勢が判るでしょう。)

[ポイント]

軍事フンタによるNLD国民民主連盟の事務所やメンバー宅への襲撃、不当逮捕が相次ぐ。
今後も続く。
(軍事フンタSACは新な選挙をどうしてもやりたい。そのためにはNLDを徹底的に壊滅させたい。
そして不正行為を働いてでも自ら選ばれたい。)
しかし、市民は2020年の選挙が公正で正当な結果であり選挙を行うこと自体が選挙違反で不正行為!
行われるものならボイコットだ。
その前に行うことすら難しい状況になるであろう。

チン、サガインでの軍事フンタの軍事作戦。
軍事フンタ側にほぼ毎日死傷者が出ている。
それに対し、武装ヘリコプター、軽攻撃機による近接支援等の空爆が行われている。
また、軍事フンタ軍からの離反者も10月だけで400人を超えている。
軍事フンタ側の兵士の士気が低くなってきているように見える。

直近では軍事フンタ軍の若者がカレンのEAOの若者の部隊に亡命(連隊を示した)若者らしい
真摯な動きがあった。
 一方、地元PDF,EAO(カチンからの応援も含め、)FB経由の映像を見る限り、団結している。
今を生き抜いている。
 おそらく、軍事フンタ政権はどれだけ兵力をつぎ込んでもフンタが勝つ見込み無し。

軍事フンタ政権の外交での敗北。
これから 一つ一つ敗北してゆくだろう。

真実をねじ曲げる不当な輩、事実に基づかない言動をする者たちは
結局その行為が報われることは無い。
そう、はるか昔から また未来も



写真はCDF-Mindat撮影 チン州ミンダット周辺での衝突前11/7日 ChindwinNewsから11/7日
(軍事フンタ軍の車列)

◎最近の軍事フンタ
11/27(土)TheIrrawaddyイラワジ紙
https://www.irrawaddy.com/news/burma/junta-watch.html

◎ミャンマー軍事フンタ(軍事評議会SAC)は
クーデター前のNLD政権の時に大臣を務めた将軍を解任しました。
11/26(金)TheIrrawddy
写真はTheIrrawaddy


https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-sacked-generals-who-served-as-minsters-during-nld-govt.html

伝えられるところによると、ミャンマー軍は、追放されたNLD国民民主連盟政府の大臣を務めた2人の将軍を引退させた。
 SeinWin中将とYeAung中将は、2015年4月から2021年1月まで、追放されたNLD国民民主連盟政権下で、それぞれ軍が任命した国防大臣と国境問題大臣でした。


SeinWin中将(クーデター以前、国防大臣)とロシアのパトルシェフ国家安全保障会議書記

両者は2月1日のクーデター中に引退を余儀なくされ、軍事フンタの全国連帯と平和構築交渉委員会に移された。
 クーデター後、ミン・アウン・ライン上級将軍が新しい統治機関SACを結成し、2月1日にミャー・トゥ・ウ将軍とトゥン・トゥン・ナウン将軍がそれぞれ国防大臣と国境問題大臣に任命された。

ネピドー筋によると、
今月、セインウィン中将とイェーアウン中将がミャンマー退役軍人協会の会長兼副会長に任命された。

「キャプテンゼロ」として知られるCDM市民的不服従運動に参加するために軍から離脱した将校は、イラワジに次のように語った。ある意味、彼らは政軍関係が得意でした。」

元将校は、軍事フンタ政権が穏健派を沈黙させようとしていると信じている他のオブザーバーに対して、軍事政権は「軍事独裁者ミンアウンフラインと貧しい人たちを支持する人々を維持している」と述べた。

元内務大臣のLt-Gen Kyaw Swe
Daw Aung San SuuKyi国家顧問に近いと見なされていたKyaw Swe中将が、
2021年2月クーデター以後、現在もその地位にあるLt-Gen SoeHtutに交代しました。

2月のクーデター以来拘留されているアウンサンスーチー氏は、2018年のシンガポール訪問中に、軍との関係は「それほど悪くはない」、閣僚の将軍は「かなり甘い」と述べた。

追放された将軍と和平交渉を行ったパオ民族解放軍の守護聖人クン・オッカー大佐は、交渉中に両将軍が相互信頼を築いたので、本当なら悲しいニュースだと述べた。
 「それは軍の指導者間の不一致を示しています」と彼は言いました。
「一部の将軍は、進行中の残虐行為に反対するかもしれません。
彼らは別れたかもしれない。」

HRWの日本の方のツイートから11/29

◎ミャンマー民間政府は債券発行売却で12時間以内に600万ドル以上を調達
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-civilian-govts-bond-sale-raises-over-6-million-in-under-12-hours.html
11/23日 TheIrrawadyイラワジ紙

ミャンマーの国民統一政府(NUG)は、月曜日の12時間以内に600万米ドル(107億チャット)相当の債券を売却しました。
 前例のない動きで、NUGは今月初め に独裁政権に対する「革命運動」に資金を供給するために債券を売ると発表 しました。
 債券は100ドル、500ドル、1,000ドル、5,000ドルの種類があります。

NUGのPublicVoice Television(PV TV)は火曜日の朝、月曜日の午後2時から深夜までの債券売り上げが630万ドルに達し、最初の2時間で200万ドル以上が調達されたと発表しました。
 PV TVは声明のなかで、
債券売却への高い関心は「独裁政権を根絶したいという国民の願望が非常に大きい」ことのさらなる証拠であると述べた。

NUGの計画・財務・投資大臣であるU Tin Tun Naingは、革命の普及を支援するために、国内外のミャンマー国民に募金活動に参加するよう促しました。
 債券の購入は、宝くじの購入 と自発的な税金の支払い に加えて、貢献する3つの方法の1つである と彼は言いました。
 ミャンマーの人口の大多数は軍事政権を拒否しており、
軍事政権はフラッシュモブの抗議、武力抵抗、擁護など、
さまざまな形で反対に直面しています。

NUGは主に、国民民主連盟のメンバーと少数民族および反レジーム抗議グループの代表者によって4月に結成されました。
 NUGは8月に自発的課税を正式に導入したが、
反レジーム活動は2月のクーデター以来の
寄付によって大部分が支えられてきた。

NUGは、軍事費を除いて、医療、教育、社会的ケア、軍人や警察官への資金提供など、社会的および人道的支援のために少なくとも8億ドルを調達することを望んでいます。

11/24TheChindwin
◎ミャンマーの影の政府「NUG国民統一政府」は
国債発行売却の初日に900万米ドル以上を調達します
ミャンマー国民統一政府は、特別国債の販売を開始してから12時間以内に950万米ドルを調達しました。
Public Voice Televisionが明らかにしたように、ミャンマーのディアスポラコミュニティが債券の購入を急いでいるため、大量のトラフィックが原因で、デジタル決済プラットフォームが一時的にクラッシュしました。
(私の友人達もこれを急いでいたようだ。)
ミャンマーの国民統一政府(NUG)は、国内避難民と国防総省に健康、人道的ニーズを提供するための国家予算として10億米ドルを調達することを目指しています。
これは、国中の人々の防衛軍が緊急の支援を必要としているためです。
 NUGは、「春の革命」というタイトルで、
軍事政権を打倒するために切望されていたプログラムやプロジェクトを主導するための資金を調達するためのマラソンキャンペーンを開始しました。
 国債の売却は、これから少なくとも2億米ドルを調達することを目的としたマラソンキャンペーンのほんの一部です。
100ドルから5,000ドルまでの4つの異なる価格を販売する国債のキックスタートの初日、NUGは12時間以内に950万ドルを調達しました。
 債券の満期日は2年で無利子と言われています。

債券売却で調達した資金は、春の革命を先導すると言われています。

◎先週からの一週間、
激しい武力衝突により
軍事フンタ、PDF EAO側 双方多くの犠牲者があった。
軍事フンタ軍Mi-35p攻撃ヘリコプターによる

市民レジスタンス、PDF、サポートチームに対する攻撃が相次いだ。
Twitterでは連日それらの事柄を速報していた。
PDF-Kalayの女性医療救援チームの9名が捕らえられた(内1名は女性シンガーだった)件はRFAでも大きく報道された。
まとめとして
下記記事参照

11/22日 TheChindwin から各記事参照
https://www.thechindwin.com/category/myanmar/
11/22日TheIrrawaddyイラワジ紙 
https://www.irrawaddy.com/news/burma/around-120-myanmar-junta-troops-killed-in-magwe-region-resistance.html

◎シャン州北部のモンコファンサイ地域での
軍事評議会SAC軍事フンタ軍と
MNDAAコーカン軍との戦闘はほぼ毎​​日行われている。
VOA11/23日
https://burmese.voanews.com/a/fighting-continues-between-myanmar-military-and-ethnic-armed-group-mndaa/6323360.html
中緬国境のキュコット(パンサイ)。軍事評議会とMNDAAコーカン軍との間の戦闘は、7月初旬からモンコとパンガーで激化しています。
コーカン軍は11月10日、軍事的緊張を緩和するためにモンコの3つの基地を撤退すると発表したが、戦闘は今日まで続いている。
  モンコの住民は、戦闘がどこで行われ、何人が負傷したかわからないと述べた。


カチン独立軍(KIA)の第6旅団は、キュコット(パンサイ)とMonekoeモンコに拠点を置いています。
KIAの情報担当官であるNawBu大佐は、この地域の状況について説明した。

「MNDAAと軍事評議会の間の戦いはほぼ毎日起こっています。
その状況については聞いています。軍事評議会からの大砲による砲撃でした。
それは村に落ちました。村人も影響を受けます。家屋も被害を受けました。」

モンコ パンガーの地元の援助労働者は、地元の女性が昨日砲撃で殺されたと言った。
「PhaungsaingBangmweの村です。そこの女性が砲弾で殺されました。
彼らは遠くから重砲で発砲している。」
MNDAA Kokangソーシャルメディアサイトによると、女性の死は19日に起こった。
モンコのMNDAAコーカン軍は11/21日、軍事評議会との間で6回の衝突があった。
何千発もの砲弾が発射されました。
 コーカン軍は、MNDAAコーカン軍の約20人のメンバーが殺害され、1人が衝突で負傷したと述べた。
軍事評議会は、コーカン族との戦いの状況についてコメントしていません。

軍事評議会とMNDAAコーカン軍との戦闘により、2,000人以上の地元住民が家を追われ、少なくとも10人の民間人が砲撃により殺害されました。

別のニュースソース11/22日
2021年11月21日、シャン州北部のコーカン地域で1日6回衝突が発生したため、MNDAAとミャンマーの軍事政権間の戦闘が激化した。
Tachiliek News Agencyによると、「軍事政権は、Shigyikya山地のMNDAAの基地、およびMongkhoke地区のManyan地域へ900回以上重砲と迫撃砲を発射した」と述べた。

◎中国ASEAN首脳会議に軍事フンタ代表は参加出来なかった。
11/22日TheIrrawaddyイラワジ紙 
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-leader-excluded-as-china-hosts-summit-with-asean-leaders.html


中国は、ミャンマーの軍事政権のリーダーであるミン・アウン・ライン上級将軍をサミットに招待したかったが、地域グループが反対した後はそうしないことに決めた。

中国外務省アジア特使の孫国祥は、首脳会談前に(ちょうど一週間前の15日)ミャンマーを訪問し、ミン・アウン・ラインと会談した。

彼は訪問する前にシンガポールとブルネイを訪問し、
ミンアウンフラインはオンラインサミットで歓迎されないと言われました。
ASEANの反対に直面した孫は、先週末、ミャンマーの首都ネピドーで開かれた会談でミンアウンフラインに、
中国はASEANの立場を受け入れなければならないと語った。

ミン・アウン・ラインは、軍事クーデター起因する政治危機を解決するための措置を講じるというASEANへのコミットメントを尊重しなかったため、先月、マレーシア、インドネシア、シンガポール、ブルネイなどの一部の加盟国の主張によりASEAN首脳会議から除外されました。
 他の非協力の例では、彼はASEANの使節が拘束され追放された国家顧問のDaw Aung San SuuKyiに会うことを許可することを拒否した。

ミン・アウン・ラインがサミットに出席することを禁じる一方で、
ASEANは今週、NUGとの関わりを新たなレベルに引き上げ、
影の政府NUG国民統一政府の天然資源と環境保全の大臣であるトゥ・ハウン博士を
11/23(火)の気候災害ASEAN会議にミャンマーの大臣として招待した。

https://www.irrawaddy.com/news/burma/asean-invites-minister-from-myanmars-shadow-civilian-govt-to-climate-conference.html

11/15TheIrrawaddyイラワジ紙 
11/13~15VOAボイスオブアメリカ及び日本NHK

◎先週末ミャンマークーデターリーダーが中国、日本、タイの高官と会った。
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-coup-leader-meets-senior-officials-from-china-japan-and-thailand.html
中国、日本、タイの高官は週末にミャンマーの首都ネピドーに上陸し、クーデターリーダーのミンアウンライン上級将軍と会談した。
 中国外務省のアジア問題特使である孫国祥は、予告なしにミャンマーに到着し、国の軍事指導部に会う予定であると、中ミャンマー関係を監視している情報筋はイラワジに語った。
孫の訪問は、2月1日のクーデター以来2度目のミャンマー訪問です。
8月に彼はSnrに会いました。ミンアウンライン上級将軍と政権の統治機関である国家行政評議会SACのメンバーが1週間にわたって中国を訪問しました。

当時、軍事政権は、拘束された国家顧問のアウンサンスーチーに会うという孫の要請を拒否した。

特使の今回の訪問の詳細はまだ不明であるが、政治アナリストは、クーデター指導者に東南アジア諸国連合(ASEAN)と合意した5点合意を実施するよう要請する可能性があることを示唆している。
ミャンマーの政治的利害関係者。

クーデター以来、国は政治的、経済的、社会的混乱に陥っています。ミャンマーが加盟しているASEANは危機の調停を試みたが、今のところほとんど成功していない。


軍事政権は、国内での暴力を終わらせ、ミャンマーへのASEAN特使の訪問を許可するなど、クーデターリーダーが4月に地域ブロックに同意したという5つの合意をまだ実施していない。
ある政治アナリストは、「孫は、ミャンマーの政治危機と平和について話し合うことは別として、Daw Aung San SuuKyiに再び会おうとするかもしれない」と述べた。
しかし、政権は孫国祥のミャンマー訪問をまだ公式に発表していない。

 その後、11月15日にネピドーで中国のアジア問題特使 孫国祥と会談した。
https://www.irrawaddy.com/opinion/commentary/myanmar-regime-looks-to-diplomacy-to-gain-legitimacy.html

日本のミャンマー国民和解特使である笹川陽平も同国にいる。
彼はSnrに会いました。ミン・アウン・ライン将軍は土曜日に、ミャンマーの現状と和平プロセス、そして日本の国への支援について話し合った、と政権は述べた。
ミャンマーのクーデターリーダーであるミン・アウン・ライン上級将軍は、土曜日にネピドーで笹川陽平、ミャンマー国家和解特使、日本財団会長を迎えた。

https://burmese.voanews.com/a/sasakawa-min-aung-hlaing/6311872.html
日本財団、 ミャンマー軍事評議会SACによると、ビルマの国家和解のための日本政府の特別特使である笹川陽平と軍事評議会のリーダーであるミン・アウン・ライン上級将軍が13日(土)会談した。
NHK報道によると日本政府代表としてではなく笹川個人としての訪問で会談である。
(当然の対応、アメリカのビル・リチャードさんも同じく個人として)
 笹川さんは11月12日に到着されました。彼は金曜日にビルマに到着し、今日13日ミンアウンフライン上級将軍と会いました。


 会談では、ビルマの政治情勢について話し合われました。
双方はまた、和平プロセスと日本の支援について話し合った。
 彼は日本に向けて出発する前に、11月16日にラングーンでシャン諸民族党(SNLD)や人民党を含むいくつかの政党指導者と会う予定です。

 また笹川氏は、軍事評議会に逮捕されたアウンサンスーチー国家顧問と会うことは許されていない。
https://burmese.voanews.com/a/sasakawa-rakhine-aa-anp-military-coup-nld-voa-burmese-/6313633.html
ビルマ問題を解決するために、NLDリーダーを含むすべての利害関係者と会う(笹川) 
彼の訪問中、彼はビルマの現在の政治危機に対処するために、NLDリーダーを含む様々なセクターのリーダーと会談する予定です。笹川陽平は言った。
彼は今日のラカイン州への訪問中に発言した。

11/15ラカイン州シットウェの町の避難所を訪れた笹川氏
写真はTheIrrawaddy


 11月12日にミャンマーに到着したビルマ国民和解日本政府特使 本日、笹川陽平がラカイン州に到着しました。
シットウェタウンシップのアロダウピエスクールにあるラカイン難民キャンプとサトケピンイスラム教徒難民キャンプを訪問しました。
日本財団の会長である笹川は、ラカイン州の難民に850万米ドルを寄付しますと言った。
 彼はビルマを訪問している間、ビルマの現在の政治危機に対処するために、
NLDのトップリーダーを含むさまざまなセクターのリーダーと会談する予定です。

笹川は言った:
「ビルマの現在の状況は複雑だと私は知っている」と彼は言った。
そこで、さまざまな分野のリーダーと会い、この問題を克服する方法を学びたいと思います。
私は現在、ビルマの国民和解の特使です。彼はかつて停戦合意に参加した指導者たちと会いました。
「私は彼らが言わなければならないことを聞いてそれを分析し、それを行う方法を理解しようとします。」

彼は、アウンサンスーチーを含むNLDのトップリーダーが逮捕されたとき、誰と会うかについては述べていなかった。
11月13日、彼は軍事評議会の長であるミン・アウン・ライン上級将軍と会談した。
 ビルマでの国家和解のための日本政府の特別使節は
また、ラカイン州のアラカン軍AAとミャンマー軍の間の停戦の仲介者の1人でした。
彼は停戦の1周年を訪れていると言った。
 「その時、それは単に私たちの気づきになりました。
これは、現在の平和な状況を維持するために、私たちが互いに協力して停戦を保証することを意味します。
彼らは下層階級に全く撃たないように指示するように言われました。今後も両者の接触はありません。」
 彼はビルマに到着した直後の11月12日にAAリーダーとオンライン会議を行ったと述べた。
彼は2020年11月にラカイン州を訪問し、現在2回目の訪問です。

笹川さんのコメント:
“かしこまりました。” 私の意図は停戦後(2020/11〜)にここに来て勉強することでした。
さらに、IDPキャンプを訪れた後、私たちができることを検討しています。
停戦は、現在の和平プロセスにおける平和への第一歩です。
平和のための停戦から一年が経ちました。それなら、皆さんは平和のために働かなければなりません。」

彼はまた、ミャンマーの国民和解のための日本政府の特使でもあります。また、日本財団の会長も務めています。
ラカイン州議会のスポークスマンであるHlaTheinは、笹川陽平氏がラカイン州を訪問した際(前回2020/11月)に州議会の役人と会ったが、それは挨拶であり、協議は行われなかったと述べた。
ANPはまた、ミャンマー軍とAA軍の間の現状について話し合うために、アラカン国民党(ANP)との別の会議を開催した。

[☆笹川氏は彼自身が出来る事の全てをやる。
頑張ってほしいと私個人的には思う。
ただ、どこかの段階で軍事フンタ代表とはぶつかると思う。向いてるベクトルが違いすぎる。
よく冷静に会談されたと思う。彼の覚悟は解る。

 ただ、別の見方もできる。
ロイター通信がダニー・フェンスターの釈放に笹川、渡邊 両氏が関わったと伝えているとあったが
事実なら姑息な手段、軍事フンタ代表にとっては渡りに船!
 この辺りが本音か。
助け船を出し、フンタ代表をぐぐっと引き寄せた。
こうした動きにあの国も警戒。
日本ミャンマー協会渡邊さんには・・呆れ果てる。]

その後11/19日 共同通信
https://english.kyodonews.net/news/2021/11/6aa3898fc283-japan-envoy-says-us-sought-help-to-free-journalist-in-myanmar.html
米国政府は、最近11年間軍事法廷で投獄されたアメリカ人ジャーナリストの釈放のために、ミャンマーの国家和解のための日本の特使である笹川陽平の助けを求めたと日本の使節は11/18木曜日に明らかにした。
慈善日本財団の笹川会長は、2月の軍事クーデターで民間指導者アウンサンスーチーのNLD政府を追放したミャンマーへの「個人的な」訪問の中で共同通信とのインタビューで発言した。
彼は、5月24日にヤンゴンの空港で逮捕されたオンラインニュースマガジンフロンティアミャンマーの編集長であるダニーフェンスターの場合、虚偽の情報やその他の犯罪の流布で起訴された場合、米国政府から軍に介入するよう求められたと述べた。 、そして先週の金曜日に懲役11年の刑を言い渡されました。
土曜日、過去に頻繁にミャンマーを訪れた笹川氏は、軍の最高司令官であるミン・アウン・ライン上級将軍と会談した。
 その2日後、フェンスターはほぼ6か月間投獄された後釈放され、元国連大使ビル・リチャードソンと一緒に国外に飛び出した。
 笹川氏は、ミャンマー軍の真鍮との良好な関係を考えて、米国政府が彼に要請する前から、ジャーナリストを釈放するよう彼らに促していたと述べた。
 フェンスターを釈放するにあたり、軍当局は、笹川氏をはじめとする日米の仲介者の要請に応じて、「ミャンマーとこれらの国々との既存の友好関係と人道的理由から」恩赦を受けたと述べた。

Irrawaddyに戻る:
11/15月曜日に、日本の使節は、ラカイン州の州都であるシットウェにある国内避難民ロヒンギャのキャンプを訪問し、水曜日に民族政党の代表と会う予定です。
笹川陽平は、昨年の総選挙前に、ミャンマー軍とラカイン族の武装集団であるアラカン軍との間の停戦を首尾よく仲介した。
先週、ラカイン北部のマウンドーで新たな戦闘が勃発する前に、戦闘は約1年間停止していた。

その後、11/17(水)
11月12日からビルマに滞在している笹川氏は訪問中にいくつかの政党と別々に会った。
シャン諸民族民主連盟(SNLD)と人民党の職員が11月16日に会談された。
私たちはヤンゴンで別々に会いました。
SNLDの議長であるSaiKyawLwinと共同秘書であるSaiKyaw Nyuntは、笹川と会い、政治情勢とシャン州について話し合ったと彼は述べた。

https://burmese.voanews.com/a/sasawaka-sai-nyunt-lwin-saikyawnyunt-snld-voa-burmese-/6316591.html
その後、翌週帰国。
11/25には在日ミャンマー人の方々が日本財団前で意見を述べられ手紙を渡された。
次の日新聞社のインタビューに応える。
翌日、日本の新聞には(東京、中日新聞11/27日朝刊には 見出しに “国軍と対話を” とあった。)
結局のところ、軍事フンタ代表に対する“渡りに船”の行動であった。
ロイター通信の報道の通りであったことが判った。
残念な思いであった。
日本は
ミャンマー問題に関しては
これまでビジネス利権に関わった議員、外務官僚を外すべきで、
客観的に判断できる人物選びをすることだ。
ただ、時間が立ち過ぎたので市民達から信頼されることは無いだろう。
時が経ち過ぎました。残念です。
見限りました。

タイの副首相兼外相のドン・プラムドウィナイは11/14日曜日にネピドーに到着し、軍事政権の指導者に会った。
外交筋によると、タイの代表団は副首相の上級顧問、彼の参謀長、彼の事務所のカウンセラーを含む5人のメンバーで構成されていた。しかし、ミャンマー駐在のタイ大使は会議に出席していませんでした。
タイとミャンマーの国境沿いのタイの町に拠点を置く反体制活動家の問題を含む、デリケートなトピックが議論されたと考えられています。
 タイの副首相の突然の訪問についての軍事政権によるプレスステートメントは出されていません。
ドン・プラムドウィナイは、インドネシアの外相とともに、2月のクーデター後、バンコクで、軍事政権に任命された外相U Wunna MaungLwinに会った。

◎ミャンマーJuntaはNLD、NUGと関係のある人々の家を没収し続けています
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-continues-to-seize-homes-of-those-with-ties-to-nld-nug.html

◎ミャンマーの軍事政権は、米国のジャーナリスト、ダニー・フェンスター37歳をインセイン刑務所から釈放し、国外追放した。

先週、違法組織に連絡し、ビザ規則に違反し煽動の罪で11年の刑に処が言い渡された。
その3日後、11/15月曜日に釈放され、国外追放処分となった。
 この釈放は11月の第一週、元米国外交官で元ニューメキシコ州知事のビル・リチャードソンが政権の指導者ミンアウンフラインと会談した後のことであった。

 オンラインニュースサイトのフロンティアミャンマーの編集長であるフェンスターは、マレーシア行きの飛行機に搭乗する直前5月24日にヤンゴンの空港で逮捕されました。彼はインセイン刑務所へ送られました。
 フロンティアの編集長であるトーマス・キーンは、次のように述べています。
フロンティアミャンマーで働く前、フェンスターは数ヶ月間イラワジに入社した後、ミャンマーナウにいました。
金曜日に、米国国務省はこの判決を無実の人の不当な有罪判決として非難しました。
フェンスターは、軍事政権に拘束された3人目の外国人ジャーナリストです。
ポーランドのロバート・ボシアガと日本の北住有希の2人のフリーランサーがフェンスターの逮捕前に拘留された。
両方とも後で解放され、国外追放されました。
 軍事クーデター以来軍事政権は、反対派に対する軍事政権の致命的な取り締まりの報道を抑制しようとして、逮捕、訴訟、ニュースルームへの襲撃、暴力でジャーナリストを標的にしてきました。
 クーデター以来、約100人のジャーナリストが政権によって拘束されている。そのうち約50人が刑務所に残っています。

https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-releases-us-journalist-after-ex-diplomats-intervention.html

11/17(水)
ダニー・フェンスターはビルマの軍事指導者との信頼を得た後、解放された(ビル・リチャードソン)
https://burmese.voanews.com/a/richardson-credits-trust-in-fenster-release/6316401.html

11/2 TheIrrawaddyイラワジ紙
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-and-russias-close-post-coup-relationship.html内容は勝手に読んでください。
特に重要視していない。視読率高いので注目は高いようだけれど。

私的にはこういうことだと思う。記事にはないが
最新コルベットであるプロジェクト20385の1番艦であるグレミャーシチーはバルト艦隊(運用試験)から太平洋艦隊(配属先)へ移動中(11月ウラジオへ到着予定)10/28日ミャンマーを訪問 ヤンゴン ティラワ港へ3日間停泊滞在。
軍事フンタリーダーを乗艦に招待、
塔艦した彼を ”レッドカーペット” で歓待し、
ミャンマー軍事フンタリーダーへトップセールス。
彼は終始上機嫌であった。それはそうだ、最新鋭コルベットと海軍中将が訪問されたのだから。
実に上手い演出、
ただ、配属先へ移動中だったので丁度良い。

こっちの方が重要
11/1TheIrrawaddyイラワジ紙 ゲストコラム
https://www.irrawaddy.com/opinion/guest-column/asean-and-the-myanmar-quagmire-chinas-next-move.html
次の3週間は、ASEANファミリーの一員としてのミャンマーの運命と、
グループの最も重要な対話パートナーである中国の将来の軌道を決定します。
ここで問題となるのは、ミン・アウン・ライン上級将軍が
11月22日に予定されている
ASEAN-中国首脳会談30周年に招待されるかどうかです。

ミャンマー情勢への対応について何ヶ月にもわたって否定的なレビューを受けた後、
現在の地域ブロックの議長であるブルネイは、東アジアの指導者の全面的な出席を称賛し、ASEAN関連の首脳会議から勝利を収めました。ブロックの連帯が損なわれたにもかかわらず、ASEANの中心性は強化された。

確かに、ネピドーは、議長が土壇場で屈服すると考えて、ASEAN全体の反応を誤って計算しました。
議長の決定に異議を唱えるミャンマー軍事フンタの国家行政評議会(SAC)からの手紙は無益でした。
決定は10月15日に行われ、対ミャンマーのASEAN共同メンバー9人全員が合意した。
ミャンマー軍事フンタのワナ・マウン・ルウィン外相は、彼の政権がこの政治的決定について留保していることを記録するようASEAN議長に求めた。


3日間のサミット(10/26〜28ASEANサミット)の終わりに、議長国ブルネイのスルタン、ハサナルボルキアは、ASEANがミャンマーを家族の一員として扱っていることを明らかにし、遅滞なく5つの合意を遵守するよう国に促した。
明らかに、政権がとることができる1つの即時のステップは、
ASEANからの特別使節、ブルネイの2番目の外相Erywan Yusofを歓迎することであり、その特使派遣は数ヶ月遅れています。
さらなる進歩を示すために、ネピドーはASEANと国際的な人道支援の参加を認めるべきである。
この時点で、ミャンマーは、分割されたASEANが軍事政権の操作の影響を受けやすいとの誤解から
十分謙虚に学ぶべきである。

ASEANの中心性は損なわれず、フン・セン首相の下の新しい次のASEAN議長国であるカンボジアが会議を開始すると、ブロックはトップエシェロンと家族(ASEAN)の間の相互作用における新たなダイナミクスを目の当たりにするでしょう。
フン・センは、ASEANがそのような有害な決定を採用することを余儀なくされたのは
ミャンマー自身の行動であると明確に述べています。
ASEANの連帯は苦しんでいるが、自らの問題に取り組むことができる組織としての信頼は尊重されている。
ミャンマーが11月25日から26日にカンボジアが主催する第13回アジア欧州会合に招待されるかどうかはまだ分からない。

明らかに、Tatmadawの歴史は、部外者からの干渉を容認する傾向がないことを示しています。
要するに、軍事フンタは、外部からの圧力や懸念に関係なく、適切だと思われることは何でもします。
しかし、声明の最後に、ASEAN議長国は、ミャンマーが国内の課題に対処するための「時間と空間」を与えられるべきであると簡潔に述べた。
しかし、軍事フンタが引き続き抵抗を示している場合、
ミャンマーが行動する時間と空間の両方がさらに縮小し、
それ自体とASEANに損害を与えるでしょう。

リトマス試験は、関係の30周年を記念する次のASEAN-中国特別サミットになります。
間違いなく、重要な首脳会談の議長を初めて務める習近平中国国家首席の肩に負担がかかっている。
これは、1年以内に中国にとって2回目のサミット(クーデター前の1月にドーアウンサンスーチーと会談)になります。中国はSACリーダーをサミットに招待しますか?

過去9か月間の中国の反応とコメントから判断すると、
北京が先週の首脳会談でASEANの決定に従う可能性が高いことは朝の日の出と同じくらい明らかです。
別の道をたどる理由はありません。
サミットの初日、中国とオーストラリアに包括的な戦略的パートナーシップ(CSP)のステータスを付与する決定に関して、小さな外交上の不快感が生じました。
一部のASEANと対話パートナーの悲しみの多くは、初日の首脳会談に続くはずだったASEAN-中国首脳会談声明の発表が1日遅れた。

ASEANと中国の関係の新しいコーディネーターであるミャンマーの不在は、手続き全体を複雑で面倒なものにしました。
ASEAN議長はミャンマーの政権交代に責任を負わなければならなかった。
ASEAN-オーストラリアの新しいコーディネーターであるラオスは、同僚のコメントや合意をまとめるのに何の問題もありませんでした。
そのため、ASEAN-中国首脳会談の翌日に開催されたASEAN-オーストラリア首脳会談の声明は、ASEAN-中国声明に先立って首脳会談直後に発表され、ASEANが最初にオーストラリアにCSPの地位を与えたという印象を与えた。
しかしそうではありませんでした。

スルタン ハサナルボルキアが中国とオーストラリアの両方のCSPステータスの確立が合意されたと発表したのは、最後の記者会見でした。
ASEAN加盟国からの留保もあったものの、議長は先に進むことを決定した。
実際、前の高官会議でのCSPに関するASEANの決定は、ブロックが「原則的に」合意したというものでした。
つまり、追加の議論がまだ必要です。
深く掘り下げて、ASEANは中国かオーストラリアのどちらかに好意的な印象を与えることを避けたかった。
正直なところ、どちらもプレミアムな対話パートナーです。

考えられるすべてのことは、次の3週間で、それはTatmadawにとって「死ぬか死ぬか」です。
ネピドーがASEANのコンセンサスに同じように不健康な違反を続けている場合、
ネピドーは今後のサミットや他の内部フォーラムに参加することができなくなります。
しかし、ASEANコンセンサスの実施、特に待望のASEAN特使の訪問に具体的な進展が見られる場合、
主催者は軍事フンタの指導者を会議に参加させることをいとわないかもしれない。
中国は、最も重要な瞬間にこの関係を促進するための合法的なコーディネーターがいなければ、ASEANと中国の友好関係が予期せぬ巻き添え被害を被る可能性があることを十分に知っています。

ミャンマーに対する中国の立場は明らかである。それは、ミャンマーの危機に平和と永続的な解決策をもたらすためのASEAN全体の努力を支持している。
中国は、地域の平和と安定の回復をできるだけ早く見たいと考えているため、対立するすべての政党に対してかなりバランスの取れた立場を維持していると広く報告されています。
しかし、ミャンマーの内部状況がさらに悪化した場合、北京の立場は問われるだろう。

一言で言えば、今や中国とミャンマーの間に赤い線が引かれています。
ボールはネピドーのコートにあります。
北京が全面的に支持しているASEAN平和計画を遵守しなければ、SACの指導者は間違いなく首脳会談に出席できないことを繰り返すでしょう。
無駄にする時間も、そこに立つスペースもありません。

Kavi Chongkittavornは、地域問題に関するベテランジャーナリストです。

10/29TheIrrawaddyイラワジ紙
ミャンマーの影の政権、国民統一政府NUGは
軍事フンタ政権と戦うために
民間の抵抗勢力と同盟の民族武装組織(EAO)の間で調整するための統合コマンドを形成したと述べた。
NUGの防衛省の事務次官であるUNaing Htoo Aungは、
中央司令部および調整委員会(C3C)には、NUGおよびEAOの指導者が含まれ、人民防衛軍(PDF)として知られる民間の抵抗グループと連携するようになっているとイラワジに語った。
 PDFは主に、反体制抗議者に対する3月の軍事フンタの取り締まりに対する報復として若者によって作成されました。
現在、ゲリラ戦や軍事標的に対する都市の一撃離脱攻撃に従事しているPDFが全国に数百あります。
彼らはいくつかの同盟EAOから戦闘訓練を受けました。一部のPDFはNUGの指揮下にありません。
コマンド戦略は、NUGが9月7日に軍事フンタに対する人民戦争を宣言してから2か月後に行われます。PDFと政権軍との衝突は、ほとんどの日、いくつかの州や地域で報告されています。
U Naing Htoo Aungは、C3Cが軍事フンタに対する重要な単一の指揮系統を形成すると述べた。
「私たちは、NUGの防衛省の行動規範に従うように奨励するために、私たちの指揮下にない他のPDFに連絡しています」と彼は言いました。
「主な目的は、私たちの指揮下にあるEAOとPDF間の強力なコラボレーションです。
C3Cは、同盟間の軍事資源管理に不可欠です」と事務次官は述べました。
彼は、PDFに武器やその他の機器を提供するために、いくつかの名前のないEAOを使用して計画が策定されていると述べました。
しかし、彼は関係するEAOに名前を付け、計画の詳細を説明することを拒否しました。
NUGとEAOは、9月から軍事指揮機構に取り組んでおり、いくつかの主要なEAOはNUGと提携していると考えられています。
ミャンマー北西部のサガイン地域とチン州では、軍事フンタの大規模な死傷者に対応して、PDFとチン国民戦線(CNF)に対する政権の攻撃が勢いを増しています。
CNFは5月からNUGと協力しており、強力なカチン独立軍(KIA)がレジスタンス運動を後押ししていると考えられています。
 KIAは軍事政権を認めることを拒否し、カチンの抗議者を傷つけないように言った。

3月、カチン州の州都ミッチーナーで軍事フンタ軍が2人の抗議者を殺害した後、
KIAとカチン州およびシャン州北部での軍事フンタ軍との戦闘が勃発した。

カヤー州では、カレン民族解放軍(KNLA)とカレンニー軍が抵抗を支援し、民間のボランティアを訓練しています。カヤー州は、軍事フンタ軍とPDFの間の引火点の1つです。
 
KNLAの政治部門であるカレン民族同盟は、1948年以来、連邦主義のために戦ってきたミャンマー最古の民族武装集団です。
それは、抗議者に対する弾圧に応じてタイ国境沿いの政権基地を攻撃し、兵舎に戻るよう軍に呼びかけた。

https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-civilian-government-forms-military-command-structure.html

☆チン州サントラン
再び火の手が上がる


10/28~29日の地元メディアTheChindwinのTwitterから

☆米国はチン州でのミャンマー軍事フンタの暴力を非難する☆
11/1日TheIrrawaddyイラワジ紙
https://www.irrawaddy.com/news/burma/us-condemns-myanmar-militarys-violence-in-chin-state.html
ワシントンは、チン州でのミャンマー軍事フンタの恐ろしい暴力の使用を非難し、ミャンマー軍にその残虐行為の責任を負わせるための緊急の国際行動を求めた。米国(US)の介入は、政権軍が先週の金曜日に再びチン州の町サントランを砲撃し、2つの教会を含む160以上の家屋と建物を破壊した後に行われました。

10/31日曜日に、米国務省のスポークスマン、ネッド・プライスは記者会見で、人々、彼らの家、礼拝所に対する軍事政権によるそのような残忍な行動は、民間人の生活と福祉に対する軍事政権の完全な無視を露呈すると述べた。
声明で「これらの忌まわしい攻撃は、国際社会がビルマ[ミャンマー]軍に責任を負わせ、軍への武器の移転を防ぐことを含め、人権の重大な違反と乱用を防ぐための行動をとる緊急の必要性を強調している」とスポークスマンは述べた。

10/29金曜日の軍事フンタ砲撃の後、サントランの2,000戸のうち少なくとも164戸が全焼した。チン人権機構(CHRO)によると、町の住民は大部分が逃げ出し、周辺の村の人々が火を消そうとする試みは生命の危険にさらされていたため、火事は爆撃後に始まり、土曜日の朝まで町を飲み込んだ。
サントランの人口の大部分は、以前の大砲の攻撃のためにすでに山頂の町から避難していました。

1ヶ月ほど前、軍事フンタの砲撃後、9月下旬に約20棟の建物が全焼し、火を消そうとしたキリスト教の牧師が政権軍によって殺害されました。

サントランの多くの人々は今、家だけでなくすべての持ち物を失いました。

地元の抵抗グループによると、Junta軍はまた、大砲の攻撃後に故意に家を燃やした。
砲撃は、店を略奪していた軍事フンタ兵士が民間の抵抗戦闘員によって射殺された後に始まったと言われています。

CHROは声明のなかで、金曜日の最近の砲撃中に、町で最大の会衆であるサントランバプテスト教会に付属する建物とともに、ロック教会と長老派教会が火事になりました。

セーブ・ザ・チルドレンはまた、彼らのオフィスが炎上で破壊されたと報告しました。
ロンドンを拠点とする慈善団体は声明の中で、町の入り口にある孤児院で20人の子供とその教師の安全を懸念していると述べた。

 ジュンタのスポークスマン、ゾー・ミン・トゥン少将は、サントランの「根拠のない」襲撃における軍の役割についての地元住民による報告と説明に異議を唱えた。
彼は地元の人民防衛軍が家に火を放ったと非難した。

追放された国民民主連盟政府の元チン州市長であるサライ・イサック・ケンは、軍によるサントランの砲撃を非難し、政権は恐ろしい行為に責任を負わなければならないと述べた。
「山岳地帯のチン州に家を建てるのは簡単ではありません。
チン族は家を焼き払う理由がない」と前大臣は書いた。
チン民族であり、並行する国民統一政府の国際協力大臣であるササ博士は、軍事政権が示した残虐行為のレベルの高さと人類に対する残酷な無視にショックを受けたと述べた。

彼は、彼の故郷が民主主義と自由のための闘争に強く立っているために
軍事フンタの暴力と恐怖の極端なキャンペーンにさらされていると言いました。

「国際社会の支援と介入がなければ、殺人的な軍事政権によってチン州で発火した火事は国全体を巻き込むだろう」とササ博士は緊急の控訴状で述べた。
 ササ大臣は、国際社会に対し、軍事フンタの金銭、金融サービス、燃料、武器、弾薬、そして何よりも国際的な正当性へのアクセスを遮断するための迅速かつ断固たる行動を取るよう求めた。

MyanmarNow10/23日
※チン州サントラン
地元の救援隊員は、「助けを借りることが出来なければあと1か月で、本当に大きな問題になります」と語った。
(軍事フンタ政権が許可しない為、国連、各国際機関は救援活動や援助物資を届けることすら出来ないでいる!!!
唯一の頼りがNUG国民統一政府傘下地元民ネットワーク! 
国連は既に米英仏も、隣のあの大国も既に、
各国関係機関も直接NUGとコンタクトを取ることが望ましい。
日本は何時になったら?
状況が飲み込めていない恥ずかしい政府関係者や議員が多すぎる!!!!!)

https://www.myanmar-now.org/en/news/thousands-who-fled-assault-on-thantlang-in-urgent-need-of-aid-as-junta-plans-major-offensives

☆サガイン管区各地のPDFに対する軍事フンタの猛攻撃
が始まったようです。
10/28~29日の地元メディアTheChindwinのTwitterから
この地域でPDFに対する本格的な猛攻撃を開始したことを確認したと報告している。
28日の朝、軍事フンタのヘリボーン部隊はサガイン地域へ送られた。


9月以降国連の報告にもあるように、サガインのいくつかの村では
度々、空軍力が用いられています。
このツイートの例はほんの一部のようです。

「内戦での空軍力の使用は戦時国際法に違反している。」

ただ、別のツイート29日最新によると
10/29 PM14:00頃 
サガイン管区Kachinkung地域のどこかとKawlin townの間で戦闘(小競り合いとある)
Kawlin-PDFとPDF-Bniの合同部隊に対する軍事フンタ部隊の攻撃かその逆かは不明。
SagaingPDFによると少なくとも60名以上の兵士が死亡20名以上が重傷を負った。とある。
本格的な猛攻撃の出鼻をクジかれた様に見える。

場所はかわるが、10/26日には例のカヤー州デモソタウンシップ内で
KA(カレンニー軍)とKNDF(カレンニー族国防軍)の合同部隊が軍事フンタ軍との戦闘(約2時間半)で
フンタ側が10人死亡、合同部隊は死傷者無しと
地元メディアTheChindwinは伝えている。

https://www.thechindwin.com/at-least-10-juntas-troops-killed-in-a-clash-with-kndf-in-demoso-township/

☆2021年衆議院議員選挙に向けて:
日本の対ミャンマー経済支援とビジネスと人権政策に関する
アンケート結果
2021年10月26日NGOメコンウォッチ
より深い議論が求められる海外経済支援政策
http://www.mekongwatch.org/report/burma/mbusiness/survey2021October.html
◎各政党へのアンケート質問書
http://www.mekongwatch.org/PDF/sur_20211026.pdf
◎各政党の回答
http://www.mekongwatch.org/report/burma/mbusiness/survey2021October_2.html

写真は9/12 店主

https://www.irrawaddy.com/news/burma/suu-kyi-testifies-against-myanmar-juntas-incitement-charges.html
10/26日 TheIrrawaddy イラワジ紙
拘束されている国家顧問のDawAung San Suu Kyiは、
10/26火曜日に
ネピドーの裁判所で2月1日のクーデター以来初めて証言した。

しかし、ミャンマーの軍事フンタが彼女の法務チームが裁判についてメディアに話すことを禁じたため、彼女の証言の詳細は不明である。

軍事フンタは、アウンサンスーチーの5人の弁護士全員に箝口令を課し、外国の外交官や国際機関と直接的および間接的に話すことも禁じました。

◎最高弁護士のUKhin Maung Zawに対する命令は、
U Win Myint大統領の証言の詳細を述べた後に出された。

彼は、クーデター当日の朝に軍が彼を辞任させると脅したと述べた。

“ウィミン大統領は軍の要求を拒否した”
“辞任するくらいなら死んだほうがマシ!”と言ったと述べた。
(下方に記事転載)

大統領の拘禁の報告はクーデターの違法性を確認し、国際的に広く報道された。

定期的にメディアに話しかけたもう一人のDawAung San Suu Kyiの弁護士は
”76歳の証言”の3日前に禁止された。

軍事フンタは、弁護士がメディアへのコメントを通じて国を不安定にする可能性があると述べた。この動きは、アウンサンスーチーとウィンミンの継続的な影響に対する政権の恐れを示していると見られている。

クーデター以来、両首脳は非公開の場所で拘束されている。
彼女の法務チームは、裁判と指導者の幸福に関する唯一の情報源であり、
指導者のメッセージも伝えてきました。

火曜日に、Daw Aung San SuuKyiは煽動の容疑を否定した。
U WinMyint大統領とNaypyitawの市長であるDr.Myo Aungは、裁判の共同被告です。

3人に対する煽動容疑は、2月7日と2月13日、3人全員が拘束されている間に、
国民民主連盟が軍事クーデター政権に抵抗するよう求める声明を発表した。
 弁護士と法務アナリストは、箝口令を非盲検に対する基本的な司法権の違法な違反として非難しました。
法律顧問のUKhin Maung Myintは最近、The Irrawaddyに次のように語っています。

「市民は、裁判のすべての段階が公正かつ合法であることを
見て、知り、聞く権利があります。
弁護士が裁判について国民に知らせることを禁止することにより、
行政部門は司法部門に影響力を行使している。
それは非常に恥ずべき醜い行為です。」

Daw Aung San Suu Kyiは、
他の誰かを危険にさらさないように、証人を呼ばないことを選択しました。

軍事フンタは、最長102年の懲役を科すDaw Aung San SuuKyiに対して11件の起訴を行っている。

10/25 The Irrawaddyイラワジ紙
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-must-turn-sorrow-into-strength-wife-of-detained-activist.html
ミャンマーの軍事フンタは、10/23土曜日の夜、
ヤンゴンで彼の反体制活動、著名な88世代(1988年の8888民主化運動)の学生リーダーであるKyaw MinYuとしても知られるベテランの政治活動家KoJimmyを不当に逮捕した。
52歳のコジミーは、ノースダゴンタウンシップのピンロンヒンシーヴィラで逮捕された際に深刻な頭部外傷を負った。
写真はTheIrrawaddyイラワジ紙
彼の妻であるDawNilar Theinは、大学生として1988年の民主化運動にも参加した、88世代の学生を代表する人物であり、彼女の反軍事活動のために他の場所に隠れていました。
彼女は夫の健康を心配しており、「政権は夫に起こったことに対してすべての責任を負わなければならない」と述べています。

コ・ジミーは2月から逮捕を回避している。
 軍事フンタは、2月13日、煽動の疑いで、別の著名な88世代の人物であるKo Min Ko Naingと他の数人とともに、彼に逮捕状を発行した。
 軍事政権は2,000人近くを殺害し、9,000人以上を拘留し、監禁されている人々を拷問し、軍事政権に抵抗する民間人に対して重大な人権侵害を犯した。
 イラワジは、以前の軍事政権下で政治犯でもあったマ・ニラー・テインに彼女の懸念について、
および政権に反対する人々への彼女のメッセージについて話しました。

  ◎ジミーさんが逮捕されました。どのようなことをご存知ですか?

彼はミンガラドン軍病院にいる​​と聞きました。彼は見守られています。
 
 ◎彼の頭部外傷について知っていますか?

彼がどうやって頭部外傷を負ったのかはわかりません。

  ◎あなたは二人が逃げたと言いました。彼らは彼の逮捕について何と言いましたか?

軍事フンタ軍がドアを壊している間、2人の若者が逃げました。
彼らはその後何が起こったのか知りません。彼らは軍隊がたくさんいたと言った。

  ◎コ・ジミーが武器の所持で逮捕されたという噂がありました。

知らない。

  ◎なぜ彼はまだヤンゴンに隠れていたのですか?

ヤンゴンに隠れている人は、いつの日か逮捕されることを知っている人がたくさんいます。
人々は隠れて、逮捕を避け、反体制活動を続けようとしています。
 あれから8ヶ月になります。ヤンゴンの人々は動き回っています。
民主化運動に参加したとき、私たちはリスクを知っていました。
私たちは最善を尽くしています。国内の人々だけでなく、これらに乗っているいる人々(つまり、在外ミャンマー邦人や協力者)も独裁政権と戦っています。人々はさまざまな方法でさまざまなことをしています。

できることをしている間、安全を保つように努めることが重要です。
しかし、私たちはもはやどこでも安全ではないことを知っています。
彼らはさまざまな問題に直面しています。
[民族武装グループによって管理されている]解放された地域ではより安全であると考える人もいます。
そこにいる人々は戦争から逃れています。

  ◎ジミーコとあなた自身についてどのくらい心配していますか?

私たちが軍事フンタに逮捕された場合、過去8か月にわたって多くの話を聞いたの中で、
私たちは拷問され、おそらく殺されることになるでしょう。
私たちは皆、捕われの身にいるすべての人のことを心配しています。
 誰かが刑務所に生きて到着(拷問センターから)したと聞いたとき、私たちの懸念はわずかに減少します。
私たちは彼のことを心配しています。多くのことを聞きましたが、何も確認できません。
彼のことが心配です。

  ◎彼には弁護士がいますか?

いいえ。恣意的に人を逮捕したり、不当に行動したり、
事件を操作したりする人には協力しないため、弁護士を雇うことはありません。

  ◎ジミーさんの逮捕に人々は悲しんでいます。
  あなたはこの革命に関与し、拘禁から解放されました。
  人々とメッセージを共有したいですか?

 ジミーさんは逮捕されました。その前に、私たちの最愛の尊敬されているジェネレーションZ、私たちの他の親愛なる仲間、学生組合のメンバーは多くの場所で逮捕されました。
死があります。私たちはこれらの悲しみを力に変えなければなりません。
そして私たちは独裁者を倒すために働き続けます。
私たちがそのような困難と苦痛に直面すればするほど、
私たちはこの独裁者を倒すためにもっと一生懸命働くことを決意します。

RFAラジオフリーアジア10/23日
軍事フンタを離脱したLID80第66大隊隊長AungMyoHtet大尉がRFAの電話インタビュに応える。

『People’s Soldier』は10/23日、(DSA(DSアカデミー)第52期生)第66大隊キャプテンAungMyoHtet大尉がCDM(市民不服従運動)側に参加したことを伝えた。
この『人民兵士』グループは軍事フンタからの離脱兵士によって形勢されるグループである。
軍事フンタからの離脱者を支援し、安全な場所を提供する。
また、CDM参加兵士は対軍事フンタ作戦に従事する。
彼らは今月13日に(下方に記事転載)軍事フンタ代表ミンアウンフラインに対し辞任を勧告した。

◎米国とシンガポールは
ミャンマー軍事フンタの金融ライフラインの削減
について話し合う。
10/22日 The Irrawaddy イラワジ紙
https://www.irrawaddy.com/news/burma/us-singapore-discuss-ways-to-cut-myanmar-juntas-overseas-financial-lifelines.html
ミャンマーの軍事政権は、シンガポールの当局と米国当局との間で、軍事政権に対して都市国家の財政的影響力を行使するために効果的に提携する方法について話し合った後、すぐにシンガポールの金融資産にアクセスすることがより困難になる可能性があります。
 今週東南アジアでミャンマーの民主主義の回復を支援するために東南アジアにいた米国国務省参事官のデレク・コレット氏は、水曜日にシンガポール金融管理局と会談し、ミャンマーの軍事政権の海外の金融資産へのアクセスを制限する方法について話し合った。
カウンセラーは、会議は生産的だったとツイートしました。

彼は10/21木曜日に、シンガポールは軍事フンタ政権に対してかなりの財政的影響力を持っており、これは軍事フンタにより大きな圧力をもたらすことを試みる努力の非常に重要な部分でなければならないと述べた。
「私たちは、ビルマを民主主義の道に戻すために、軍事政権に対して可能な限りの力を行使しようと努める中で、今後の道のりと今後も協力し続ける方法について、パートナーと非常に良い話し合いをしました。」
彼はジャカルタからの電話記者会見で言った。
 シンガポールはミャンマー最大の外国人投資家であり、
ミャンマーの軍事支配者とその仲間が定期的に訪問し、
医療旅行やレクリエーションを行ったり、
さまざまな名前でさまざまな口座にお金をかき集めたりするのに適した目的地になっています。
さらに、そこにあるいくつかの企業は、ミャンマー軍事政権とそのコングロマリットと商業的関係を持っています。

2月のクーデター以来、ミャンマー政権は、民主的に選出された国の政府を打倒し、1,000人以上を殺害し、国の軍事政権に反対したとして数千人を逮捕したとして国際的な制裁を受けてきました。
 米国や他の西側の民主主義国は、特定の主要な個人や団体を選び出し、国際社会でのビジネスの取引を困難にすることで政権に圧力をかけ、政権は厳しい通貨不足に苦しんでいます。

その結果、一部のシンガポール企業は、軍事フンタに資金を提供することにより、軍事フンタの生命線になっています。
 たとえば2月、ジャスティスフォーミャンマーの調べによると、
シンガポール証券取引所(SGX)に上場している新興都市シンガポール(ETC)が、
ヤンゴンのゴールデンシティコンプレックスの開発者として政権に数百万ドル相当の支払いを行ったと報告しました。
土地は軍によって所有されており、ETCはミャンマー陸軍のQuartermaster General’sOfficeとビルド-オペレート-トランスファー契約を結んでいます。
 ETCの2017年の年次報告書による と、軍とのゴールデンシティの取引には、630万ドルの「土地利用プレミアム」の支払いと、2013〜16年のリース料の免除を伴う年間280万ドルの支払いが含まれます。

最大70年間の軍への支払い総額は1億9,110万米ドルにのぼります。

報告書によると、2019年12月31日の時点で、ETCはミャンマー軍への土地賃貸料として32.185百万米ドルを計上していた。

10/20水曜日に、ジャスティス・フォー・ミャンマー は 、
国際法とガイダンスが、ミャンマー軍と取引を行うETCのような企業に関連して、
SGXにデューデリジェンス義務を課し、シンガポール金融管理局とシンガポール政府に責任を負わせる可能性があることを法定覚書が認めたと述べた。
 法定メモはまた、SGX、その規制当局であるシンガポール金融管理局、ひいてはシンガポール政府が
ETCからミャンマー軍への継続的な支払いを妨げない場合、
評判と制裁のリスクの可能性を提起しました。

木曜日に、コレットは、海外資産への軍事フンタのアクセスを制限する方法についてシンガポール金融管理局との彼の会議の結果について尋ねられたとき、詳細を語らなかった。
 しかし彼は、「シンガポールは非常に重要な役割を果たしている」と述べ、
政権に対して可能な限りのレバレッジをどのように活用するかについて非常に良い議論を行ったと付け加えた。

Thadingyutまつりの説明

10/17日から昨日20日にかけて、各地で行われた。
また、今日21日もおこなわれた。
○現地市民ツイートの紹介
 Thadingyutの夜
民主主義のために命を惜しまない殉教者に敬意を表し
革命的なThadingyutが行われた。
現在戦っている英雄達の安全と健康を祈り
燃える火のような精神で
独裁者の闇を燃やします。


写真上はサガイン管区Salingyi Township住民
ネット遮断中だが、数時間遅れで送信可能場所から送信されるようだ。

写真下はThe Irrawaddy イラワジ紙
マグウェ管区Myaing タウンシップ10/20日

“Pevolutionary Thadingyut Candle Light Strike”



写真はサガイン管区Myaungタウンシップの一時的なキャンプ(MRA)10/20日
先週、軍事フンタ軍は彼らの基地を全焼させた。Twitterから

The Irrawaddy イラワジ紙10/18ゲストコラム 
Bertil Lintnerは、スウェーデンのジャーナリスト、作家、戦略コンサルタントであり、40年近くアジアについて執筆しています。
一部店主加筆

https://www.irrawaddy.com/opinion/guest-column/myanmar-military-struggles-to-adapt-to-new-kind-of-conflict.html
爆弾(即席爆発装置IED)は、ヤンゴン、マンダレー、ネピドーなどの主要都市だけでなく、小さな田舎町、軍の輸送車両への待ち伏せ、マグウェとサガイン地域での銃撃戦、そして全国で、疑わしい軍事情報提供者の暗殺でも爆発します。
 2月1日のクーデター以来、ミャンマーの中心部で発生した暴力を本格的な内戦と表現するのは時期尚早ですが、タッマドゥとして知られる軍隊は、数十年ぶりに武装して戦わなければなりませんでした。
少数民族が住むフロンティアにある国の伝統的な問題点から遠く離れた地域の反政府勢力。
Tatmadawが戦闘に慣れておらず、したがって封じ込めることができないのは、まったく新しい種類の紛争です。
たとえば、

ミャンマーの新しい種類の武力紛争は、他の多くの点でも、国境地域での民族反乱軍との古い戦争や、1948年に英国から独立した直後の中心部での戦闘とは異なります。
ミャンマーの民族武装勢力は常に組織されてきました。
厳格な軍事路線に沿っており、グローバルな視点でそれらをユニークにしています。
他の国の反政府勢力とは異なり、彼らは彼らの階級を示す記章を備えた別個のユニフォームを着ています。
ミャンマーの民族反政府勢力は、正規軍のように見え、地域を管理しており、兵舎、パレード場、仮設のオフィスビルを備えたキャンプがあります。

独立後、中央当局に対する武力闘争に訴えたバーマンの過激派は、それほど組織化されていませんでした。
しかし、彼らはまた、彼らが統治する巨大なベース地域を確立し、そこから政府に対する攻撃を開始しました。
これは、人民ボランティア組織の過激派、第二次世界大戦後に独立後に反乱を起こしたアウンサン将軍によって形成された準軍組織、およびミャンマー軍のさまざまな反乱軍のような小グループに適用されましたが、
主にかつて強力だったビルマ共産党( CPB)に対して。

◎共産主義の拠点が攻撃された

1948年の内戦の勃発直後、そして当時は全面的な内戦でしたが、
ビルマ共産党CPBは、ヤンゴンの北にあるペグヨマ山脈、イラワジデルタ、アラカンヨマ、テナセリム(現在はTanintharyi)、および上部Sagaing Division(現在の地域)。
また、ピンマナとその周辺でも活発に活動し、党(CPB)は家主や金貸しとの闘争やストライキで農民を組織しました。ある段階では、当時の首相であるU Nuの内閣は、当時の首都自体よりもはるかに多くを支配していなかったため、「ヤンゴン政府」と呼ばれていました。

カレンの反乱軍は、東部の山々とイラワジデルタで独立を求めて戦いました。アラカン北部(現在のラカイン州)では、ムジャヒードとして知られるイスラム教徒の反政府勢力 がパキスタンへの加盟を求めて戦った(当時、バングラデシュはパキスタンの東部であった(東パキスタン))。
中国の内戦で共産主義者に敗北した国民党の中国軍は、シャン州北部と東部に基地を持ち、そこから中国への再入国を試みたが失敗し、毛沢東政府に対する反乱を扇動した。
1950年代後半に、シャン族の間で反乱が勃発し、
1960年代初頭に、カチン族はミャンマーで最も強力な民族抵抗軍の1つを組織しました。

Tatmadawは国境地域の民族的反政府勢力を打ち負かすことはできなかったが、
CPBとの戦いはより成功した。
1950年代後半までに、CPBの部隊は多かれ少なかれペグヨマに封じ込められ、アラカン北西部の山々、テナセリムのジャングル、サガイン北部のピンレブ地域に小さな部隊が留まりました。
一方、国民党は国境を越えてタイに追いやられ、国家安全保障に深刻な脅威を与えることはなくなった。
ミャンマーの共産主義勢力も、中華人民共和国がなかったら終わっていただろう。

1968年、CPBの兵士は、その多くがバーマンの政治委員を伴った中国の紅衛兵の志願者であり、中国との国境を越えてシャン州北部に流れ込んだ。
彼らはすぐに彼らのために戦う地元の部族を募集し、数年以内に、新しくて非常に異なるCPBベース地域が設立されました。
それは、中国に隣接する20,000平方キロメートル以上の領土を含み、シャン州最北端のパンサンとモンコから、コカンとワの丘、そしてケントンの北の山々まで広がっていました。
この「新しい」CPBはこれらの分野で独自の管理を行っており、
「古い」CPBよりもはるかに優れた武装を持っていました。
1968年から1978年の10年間、中国はインドシナ外の他のどの外国共産主義抵抗運動よりも多くの武器、弾薬、その他の物資をCPBに注ぎ込んだ。

しかし、CPBは中国のフロンティアの野生の山にとどまるつもりはありませんでした。計画は、ミャンマー中部のペグヨマと他の拠点に押し下げ、最終的にはヤンゴンを引き継ぐことでした。
Tatmadawはそれを認識し、また、新しい設備の整った部隊を打ち負かすことはできないと結論付けました。
したがって、Tatmadawは、北東部にCPBを封じ込めること、そしてミャンマー中部に残っているCPBを一掃することを決定しました。
そのようにして、決してCPBは権力を掌握することができなくなります。

その戦略は巧妙で、うまくいきました。
イラワジデルタ地域といくつかの小さな拠点は、1960年代後半から1970年代初頭に「鎮静化」されました。
その後、ペグ・ヨマに対して大規模な攻撃が開始されました。
そこにあったCPBキャンプは、1975年に暴走し、山脈とその周辺の民間人はミャンマー中部の他の地域に再定住しました。
その後、ミャンマーの中心部でCPBとの戦いはなくなりました。
ペグヨマとイラワジデルタでも活動していたカレン反乱軍はそこでも基地を失い、生存者はタイ国境に撤退した。

カレン民族同盟(KNU)が何人かの軍隊を派遣して、イラワジデルタのカレン居住地域に再入国したのは1991年のことでした。
意外にも、タイ国境からやってきたカレン反乱軍は、ヤンゴンの南西約140kmのボガライ地域で塹壕を掘ったり銃を備蓄したりしているのが見られた。
Tatmadawは、新たに買収した中国の航空機と砲艦を使用して怒りで応えました。
当時のタッマドゥの歩兵大将であるタンシュエ将軍(後のタンシェ議長)がこのキャンペーンを主導しました。
このキャンペーンはコードネーム「嵐作戦」であり、この地域のKNU軍は排除されましたが、猛攻撃の最中にひどく苦しんだ民間人にとっては高くつきました。
反乱軍、村は爆撃され、殺害された村のほとんどは武装勢力ではなく普通の村人でした。

◎ワとの停戦

ペグヨマの陥落後、アラカン北部とテナセリムではわずかなCPB部隊が何とか持ちこたえたが、
党は所属しておらず、滞在するつもりもなかった北東部の基地地域で孤立していた。
その結果、1989年に非バーマン、主にワだけでなくコーカン族内で反乱が起こり、
CPB軍のランクとファイルが生まれました。
古いCPB指導部は中国に亡命し、以前の軍隊は次のように再編成されました。
最強の民族軍がワ州連合軍(UWSA)になりました。
しかし、それは戦うのではなく、反乱の直後にタッマドゥと停戦協定を結んだ。(後のキンニュン首相(ミャンマーの柳生宗矩))

それ以来、かなり不思議なことに、UWSAはCPBよりも強力で装備が充実しており、その銃やその他の物資は中国から入手されています。
UWSAは単独で戦闘を行っていませんが、その武器の一部を、シャン州進歩党のシャン州軍、パラウンタアン民族解放軍、コーカンを拠点とする他の民族軍と共有しています。
全国民主同盟軍、そして程度は少ないがカチン独立軍(KIA)。

これらの軍隊はタッマドゥと戦っていますが、UWSAの武器供給の恩恵も受けている強力なアラカン軍(AA)は、ミャンマーの他のすべての抵抗軍から距離を置いています。
 代わりに、ラカイン州でAAは、1785年にバーマン王がこの地域を占領したときに失った古いアラカン王国の独立を取り戻したいと述べています。その目的を念頭に置いて、AAは解放された地域を設立していません。

簡単に言えば、それは2月1日のクーデターまでの状況でした。
新しいバーマンレジスタンスファイターは、人民防衛軍(PDF)と呼ばれる緩い同盟に組織されることになっています。
その傘下組織は、タッマドゥがクーデターを起こし、国家行政評議会(SAC)と呼ばれる軍事フンタを結成した後、追放された議員や他の政治家によって設立された国民統一政府(NUG)の武装組織と見なされます。
しかし、異なるPDF間にどの程度の調整があるかは不明であり、それらに加えて、独立して動く他のローカル抵抗力が豊富にあります。
 しかし、全体として、反SAC抵抗は、主にマグウェ、サガイン、エーヤワディー、マンダレー、タニンダーリの各地域で活発です。
これらの地域は何十年にもわたって激しい戦いはありませんでした。
チン州とカヤ(カレンニ)州でも戦闘が激化しています。

◎PDF /民族同盟

ミャンマー北部のPDFはKIA(カチン独立軍)と同盟を結んでおり、KIAの兵士は、カチン州の境界外での襲撃でビルマンの抵抗戦闘員のグループに同行したことさえあります。
そうすることによって、KIAはカチン州の包囲された基地からTatmadawユニットを引き離すことを望んでいます。
これは望ましい効果をもたらしたと思われる軍事戦略です。
Tatmadawは現在、北部ではなく、マグウェ地域とチン州での大規模な攻撃に向けて準備を進めているようです。

TatmadawはCPBに対して行ったのと同じ戦術を採用できないため、
PDFとの戦いの結果は不確実です。
新時代の反政府勢力は、昔のミャンマー中部のCPBとは異なり、暴走する可能性のあるキャンプのある「解放された地域」を持っていません。
そして、それらはKIAや他の民族軍によって管理されているため、国境地域に封じ込めることはできません。
農村部ではひき逃げゲームですが、町ではミャンマーが歴史上初めて都市のゲリラに直面しています。
タッマドゥはそのような戦争の経験がまったくありません。

それはまた、タッマドゥがこの新しい種類の抵抗と戦うためにどのような資源を投入できるかという問題でもあります。
国の一部での攻撃は、他の州や地域で、バーマンと同様に民族的により多くの反政府勢力の活動につながる可能性があります。
Tatmadawは、その軍隊の士気がすでに低いときに、多くの戦場で薄く引き伸ばされます。
わずか1年前に安全であると考えられていた道路沿いの絶え間ない待ち伏せと爆弾攻撃は、
兵士の戦いへの意欲に打撃を与えました。
これは国の隅々に当てはまります。
地元の無党派の市民組織の労働者によると、
カレン州のTatmadaw部隊は、
ネピドーの最高司令部に幻の戦いを報告することにさえ頼っていた。
彼らは、そのような攻撃が発生しなかったときに、
カレンの反乱軍の野営地と前哨基地を占領したと主張している。

クーデターが引き起こした非常に複雑な状況が何につながるかを言うことは不可能です。
最悪のシナリオでは、それはミャンマーの断片化を引き起こし、誰も国を合理的にうまくまとめることができなくなる可能性があります。
Tatmadawの階級内での異議申し立ては、1948年の独立をきっかけに蔓延した反乱と混乱の繰り返しに照らし、
非常に不確実な結果を伴うクーデターまたはクーデターの試みにつながる可能性があります。
Tatmadawが2011年に国を開くことを決定した後に感じました。
NLD国民民主連盟の大規模な復活を予期していなかったため、タッマドゥの側に誤った希望がありました。
そして、将軍が民主的な目覚めの経験をしたと信じた
ほとんどの外国の専門家にとっては、全く誤解された展開になりました。
結局、タッマドゥが介入して権力を再主張しようとすることは避けられなかった。
私たちは今、その運命的な決定(軍事クーデター)の悲惨な結果を経験しています。

10/17~18(月)イラワジ紙、RFA、地元民ツイート他
マンダレーでの反体制抗議行進は月曜日に軍事フンタ兵士によって攻撃され、20人近くの民間人が負傷した。
さらに10人が逮捕された。
逮捕をなんとか回避した抗議者は、月曜日の朝、50人以上の兵士がマンダレーのマハアウンミャイタウンシップの行進に車を運転したと述べた。
「20人近くが負傷し、10人が逮捕された」と彼は言った。
目撃者によると、抗議者を体当たりした後、私服を着た兵士が彼らを蹴り、武器の尻で殴った後、彼らを車に引きずり込んだ。
拘留された人々の所在はまだ不明です。
取り締まりに続いて、軍事フンタ軍はその地域を封鎖し、歩行者を捜索した。


(いつものマンダレーの僧侶連合のスピーカー持ったあの人も逮捕されている)
マンダレーは、軍事フンタによる継続的な取り締まりにもかかわらず、軍の2月1日のクーデター以来、毎日反体制抗議を経験している。

◎10/18月曜日に、軍事政権は、反クーデター抗議への参加のために投獄された、または裁判を待っている間に拘留された5,600人以上の人々を解放した。
恩赦は、ASEAN東南アジア諸国連合が、
ミャンマーのクーデター後の政治危機を解決するためにASEAN地域ブロックとの合意を履行しなかったことを理由に、軍事クーデターのトップであるミンアウンフライン上級将軍が今月後半にASEAN首脳会談に参加することを
禁じられた後に起こった。(前回6月同様、刑務所内に収容しきれなくなってきた事もあるのではないでしょうか。)

「インセイン刑務所から今夜10/18日釈放された政治犯は抵抗の象徴としての3本指でsaluteしました。インセイン刑務所の外での家族の再会はとても感動的です。」とヤンゴン市民のツイート

※しかし、毎日、亡くなられた方の写真がツイートされる。
ツイートする方も必死のようです。なんとか外の世界に知って欲しい。
あまりに酷いので転載しませんが、
(お客様で知りたい方は店主へ)
撲殺された市民でした。


また、9/30日にマンダレーで拉致された看護師と学生の3人のgurkhaの若者は
写真左の方は容赦なく死ぬように拷問され亡くなったことが10/18日、彼の家族に知らされたが遺体は家族のところに戻ってきていない。

また、さらに悪くなりました。
チン州、サガイン管区はほぼ全域がインターネット遮断もしくは電話回線と両方の遮断となっています。
下方の9/23日の地図はかなりブルーで塗りつぶさなければならない。

ミャンマーの軍事クーデター指導者は、
来たるASEANサミットからの彼の除外に対して、
ASEAN地域ブロックの特使が対応することが不可能な要求(アウンサンスーチーとの面会)をしたと主張した。

ASEANは10/16土曜日、ミャンマーへのブロックの特別使節がミャンマーの危機のすべての利害関係者に会う許可を拒否された後、ブルネイでの10月26〜28日のサミットにミンアウンフライン上級将軍を招待しないことを決定しました。
加盟国の指導者を首脳会談から除外することは、歴史的に加盟国の内政に干渉しないという政策に固執してきたブロックにとってまれで大胆な動きです。
ブルネイの2番目の外務大臣であるErywanYusofは、軍の2月1日のクーデターによって引き起こされた国の危機を調停するために、8月にASEANのミャンマー特使に任命された。
それ以来、軍事政権が地域ブロックに対して行った公約に沿って、彼はミャンマーを訪問しようとしています。
しかし、軍事フンタは、特別使節の訪問を促進することを含め、合意された手順を実行することをしませんでした。

ミン・アウン・ライン上級将軍は月曜日の朝遅くに国に向けた演説で、使節は彼の訪問に関して複数の要請をしたと述べ、ASEANとの交渉が進行中であると付け加えた。
 「ASEAN特使の要請には対応できない点がある」と彼は、エレバンがアウンサンスーチーに会うことを許可されたとの呼びかけに言及して述べた。
軍事フンタは先週、彼女が現在刑事告発に直面しているため、ASEAN特別使節は拘留された国家顧問に会うことができなかったと述べた。
軍事フンタの指導者は、「ミャンマーはASEAN加盟国であるため、それが何であれ、可能な限り最善を尽くすだろう」と付け加えた。
「ASEANはASEAN憲章に基づいて首脳会談と関連会議を実施すると思う」と彼は述べ、
ブロックが彼の排除を覆すだろうという希望を表明した。


軍事フンタ政権の外務省は土曜日に、サミットからミン・アウン・ラインを除外するというASEANの決定に非常に失望し、その動きを非難したと述べた。
 クーデターの指導者は13分間の演説で、ブロックと国際社会を批判し、
軍事フンタに民間人に対する暴力を終わらせるよう求めたが、
民間人による政権に対する拡大している致命的な武力闘争を止めることについて誰も心配していなかったと述べた。
(抵抗グループとそれらに同情しているいくつかの民族組織)

「私たちは今日までこれを解決しようとしてきました。ASEANはそれに取り組む必要があると言いたい」と述べた。

ミン・アウン・ラインがサミットから除外された10人の首脳によるASEANブロックは、ミャンマーの軍事フンタにとって大きな打撃でした。
国民民主連盟(NLD)とその民族同盟国から選出された議員によって形成された国民統一政府(NUG)による異議申し立てに直面しているため、他の国々、特にASEAN諸国からの公式の承認を必死に求めています。
同時に、この軍事フンタ政権は、1,000人を超える平和的な反政権抗議者を殺害したクーデターとその後の残虐行為のために、多くの国際社会、特に西側諸国から追放されたと見なされています。

注:ストーリーは、ASEANの決定に関するミャンマー外務省のコメントを含むように更新されました。
10/18イラワジ紙

https://www.irrawaddy.com/news/burma/after-summit-exclusion-myanmar-junta-chief-says-asean-envoy-made-impossible-demands.html

10/14イラワジ紙

◎2/1日軍事クーデター当日朝のU WinMyint大統領逮捕時の繊細が明らかになった。
追放された大統領UWin Myintは、2月1日のクーデターを非難する国民民主連盟(NLD)中央執行委員会(CEC)の声明に対する扇動罪に直面するために、10月12日にネピドーの特別裁判所に出廷した。

国家顧問のDawAung San SuuKyiと元ネピドー市長のDr.MyoAungも同じ容疑で法廷に出廷した。

U Win Myint大統領は、2月1日のクーデターの朝、証言中に彼の拘禁の詳細を初めて明らかにした。
彼は、軍がクーデターの前に彼に辞任を強制しようとしたが、彼は拒否したと述べた。

大統領の弁護士であるUKyi Winは、彼が拘留されて以来の最初のパブリックコメントについてTheIrrawaddyに語った。
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-president-reveals-details-of-his-arrest.html
 ◉Uウィンミン大統領は彼の拘禁について何を証言しましたか。

裁判所は彼の年齢、住所、職業を尋ねた。
彼は70歳だったが、どこで拘束されているのかさえ知らなかった。
2月1日まで大統領官邸に住んでいたと述べた。
 そして彼は彼の職業は大統領であると言いました。
それは彼がまだ彼が大統領であると考えていることを示唆しました。
 彼は、兵士が2月1日の午前5時頃に寝室に入ったと述べた。
彼は薬を服用し、祈りを述べ、服を着て一緒に行ったと述べた。
彼は大統領府に連れて行かれ、彼の事務所の外で待つように頼まれた。
二人の将軍が彼に健康上の理由で辞任するように頼んだ。
彼は健康で辞任しないと言った。
将軍の一人は彼に危害を加える可能性があると言って彼の決定を再考するように頼んだ。
 「彼は辞任するくらいなら死んだほうがいい」と言った。
彼は彼らに合法的に行動し、クーデターを起こさないように言った。
彼は大統領官邸に連れ戻された。
住居では、多くの兵士が建物から通信機器を押収していました。
正午に、彼は3日以内に移動しなければならないと言われました。
それで彼と彼の家族は荷造りを始めました。
 彼は2月4日に大臣の近所の家に引っ越したと言った。
彼は5月23日に再び引っ越した。彼はそれがどこにあるのかわからなかった。
 拘束先では多くの兵士が彼らを待っていた。
彼は2月1日に外の世界との接触を失い、テレビも新聞もなかったと言った。
 彼は、彼の拘禁後に出されたNLD声明について彼を起訴することは不合理であり、彼は無罪であると述べた。

 ○彼は家族と一緒に拘留されましたか?

私たちが知っているのは、彼が家族でいっぱいだと言ったということだけです。
彼らはまだ一緒にいると思います。

○彼の証言はどの程度事件に影響を与えるでしょうか?

検察官は、刑法第505条(b)に基づいて煽動の罪で彼を起訴した。
彼らは彼がNLD声明に関与したことを証明することはできません。
検察官は証拠を提出しなかった。
 ミャンマーでは、検察官が証拠を提出できない限り、起訴を進めることはできません。
大統領は憲法第64条を引用し、「大統領または副大統領が政党の党員である場合、その政党活動に参加してはならない」と述べた。
彼は大統領に就任して以来、第64条に厳密に従い、党の活動に従事していなかったと述べた。
彼は、2月7日と2月14日のNLDの声明に関与したという告発は、2月1日に拘留されたため、根拠がないと述べた。彼は彼がNLDのCECにいたので彼らが彼を起訴しただけだと彼は言った。

○私たちは、検察官がPyidaungsu Hluttaw、国民統一政府と人民代表委員会について尋ね、人民防衛隊について聞いた。彼の反応はどうでしたか?

検察は彼に組織について知っているかどうか尋ねた。
彼は2月1日以来孤立していたのでそうしなかったと言った。

○Daw Aung San Suu Kyiは、法廷で行われた証言について一般の人々に知らせるように指示しましたか?

はい。
彼女は、一般大衆に裁判について知らされなければならないと言いました。
裁判は公の場で行われることになっています。
彼女は、裁判が不公正であるかどうかを人々が知っておくべきだと述べた。
Daw Aung San Suu Kyiは、証言を発表するように私たちに依頼しました。

○事件のあなたの法的評価は何ですか?

法的に、[U WinMyint]は法律に違反していませんでした。
検察は彼が声明に関与したことを証明することはできません。

◎ミャンマー軍からの離脱者のグループは
クーデターのリーダーであるミン・アウン・ライン上級将軍と彼の仲間の将軍を、
反逆罪を犯したとして彼らのポストから解任するよう求めた。
10/14イラワジ紙 
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-military-defectors-accuse-coup-leader-of-high-treason.html

軍事フンタ軍から離脱した軍人によって形成されたグループである人民兵士は、
10/13水曜日の声明で
ミンアウンフライン軍事フンタ代表の将軍は反逆罪を犯しました。
2/1日クーデター当日の朝にUウィンミン大統領に辞任を強いることによって軍事法に違反したと述べた。
「すべてのミャンマー軍兵士と将校を代表して、私たちはここに、不法行為を行ったとしてミン・アウン・ラインと軍高官の職を解任することを宣言します」と声明は述べた。

◎ミャンマー軍事フンタは北西部管区の将校家族を避難させる
10/12イラワジ紙
地元住民によると、軍事フンタ高官の家族が軍用機でサガイン管区のケールタウンシップから避難した。
 避難は、民間の抵抗勢力に対するクリアランス作戦を実施するために、
3,000人のフンタ援軍と武器が国の最も落ち着きのない地域であるサガインとマグウェ地域とチン州に配備された後に行われました。
 戦略的な町と見なされているケールは、いくつかの軍事基地に囲まれ、
軍事フンタが大規模な軍隊の損失を被った2つの抵抗ホットスポットであるサガインとマグウェ地域の境界に位置しています。

https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-military-evacuates-officers-families-from-conflict-hit-northern-township.html

10/8Kaleタウンシップ→10/9AM6:30カレーミョ発→チン州方面へ向かった
軍事フンタの2台の軽装輪装甲車と14台の兵員輸送トラック。
CNFの軍事部門本部への全面攻撃に従事する部隊の一部であると見られている。
チンHumanRightsツイートから

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チン州ではかなり厳しい人道上の困難が予測される。

10/8イラワジ紙
https://www.irrawaddy.com/news/burma/junta-deploys-thousands-of-reinforcements-to-upper-myanmar-for-clearance-operations.html
地元の民間武装グループと軍に近い筋によると、ミャンマー軍は、民間の抵抗勢力に対するクリアランス作戦を実施するために、少なくとも4個大隊の援軍(約3,000人の兵士)を国内で最も落ち着きのない地域に配備した。
 さらに、軍事フンタで最も悪名高い司令官の1人であるミャンマー警察の長で政権の副内務大臣であるThan Hlaing中将も、サガイン地域のモンユワに拠点を置く軍の北西部司令部に配属されました。

サガインは、隣接するマグウェ地域とチン州とともに、軍事フンタ軍が民間の抵抗勢力からの最も激しい反対に直面している場所です。
 タン・フライン中将は、別の中将とともに、
2月1日のクーデター後に軍から脱出した元陸軍大尉である地元の人民防衛軍(PDF)に対する軍の作戦を主導するだろうとイラワジに語った。

近くの情報筋によると、北西部司令官の”元司令官であるPhyo Thant准将”は、民族武装集団によって管理されている地域に逃亡して軍事フンタから離反するという彼の計画が暴露された後、
今週初めに軍事政権によって拘留されたと伝えられている。
元司令官であるPhyo Thant准将は尋問中に拷問されて死んだという噂がすでに広まっている。

新しい任務は、過去4か月だけで、サガイン、マグウェ、チン州で2つの歩兵大隊に相当する軍事フンタ兵士が殺害された後に行われます。ミャンマーの並行する国民統一政府によると、6月から9月の間に、1,512人の政権軍がこれらの地域で民間の抵抗勢力と戦って死亡した。

Lt-Gen ThanHlaingは、平和的な反クーデター抗議者とストライキ公務員に対する致命的な取り締まりを指揮したことで悪名を馳せてきました。
 彼の犠牲者の一人は彼自身の兄弟でした。
ベテランの民主化推進活動家であるLt-GenThanHlaingの弟KoSoe Moe Hlaingは、
バゴー地域で軍事拘禁されていた5月に拷問を受けて死亡した。

Kani-PDFのリーダーがTheIrrawaddyに語ったところによると、先週、推定1,000の軍事フンタ援軍がモンユワ近くにある元軍人の住宅地であるShwe TaungOoに配備された。
 4日前(10/4日)にサガイン地域のインマビンタウンシップとの国境近くの僧院に別の100人の軍事フンタ軍が配備された。
近くの村の住民は、政権軍の存在を恐れて家から逃げ出しました。
兵士たちはカニタウンシップを襲撃する準備をしていると信じられている、
とカニ-PDFリーダーは付け加えた。
「私たちはすでに政権との潜在的な激しい戦いを計画しています。
私たち若者は、もはや軍事独裁政権下で生きることができないため、戦闘で死ぬ準備ができています」
と、Kani-PDF戦闘員は金曜日にTheIrrawaddyに語った。

軍事フンタ軍はサガインとマグウェ全体を襲撃しています。

左写真、10/9 マンダレーの女性の軍事フンタSACファシストに対する抗議。
右写真、10/9 サガインYin mar Pin東部とSalingyi北部からの女性グループは
軍事フンタ独裁者を倒すために行進。
2月のクーデター以後、抗議は形態を変え、今も毎日何処かで必ず行われている。
それは軍事フンタSACファシストが倒れるまで続きます。

https://www.irrawaddy.com/news/european-parliament-throws-support-behind-myanmars-shadow-government.html10/8イラワジ紙
欧州議会は、ミャンマーの影の政府(NUG国民統一政府)とその議会委員会(CRPH連邦議会代表委員会)をミャンマーの合法的な代表者として支持することを決議した。
軍事政権との戦いの背後にある組織を公式に承認した最初の国際立法機関になりました。
軍が2月にDaw AungSanSuuKyi主導の国民民主連盟(NLD)政府を追放して以来、国は危機に瀕しており、
大規模な抗議と民主化を支持するデモ参加者に対する血なまぐさい取り締まりを引き起こした。
8か月以上経った後も、軍事政権の標的に対する散発的な武力攻撃と軍事フンタ軍による報復が続いています。

議会kuroi_antifa_congress-w640
木曜日に採択された決議で、欧州議会は、並行する国民統一政府(NUG)とそのCRPH連邦議会代表委員会に言及し、「ミャンマー国民の民主的希望の唯一の正当な代表としてCRPHとNUGを支持する」と述べた。 Pyidaungsu Hluttaw(CRPH)は、2月1日の軍事クーデターを受けて、
2020年11月の総選挙で選出されたNLD議員によって構成され、下院(人民代表院)から13人、
上院にあたる(民族代表院)から4人の合計17人が参加。

 動議は賛成647票、反対2票、棄権31票で可決されました。

木曜日のEU議会の支持のショーは、ミャンマーの正当な暫定政府としての国際的な認識を求め、NUGによる主張に反対しているミャンマーの軍事政権にとって大きな恥です。

NUGは4月の設立以来、国内外で高い支持を得ています。
それは、ミャンマーの合法的な政府としての国際的な受け入れを働きかけながら、国内の軍事政権に反対する印象的な公務員と抵抗勢力を支援しています。
いくつかの非公式な関与にもかかわらず、それはまだ外国からの外交的承認を受けていません。
先月初め、影の政府は、
外交圧力がもはや軍事フンタを倒すほど強くないと判断した後、
9/7日、軍事政権に対する全国的な反乱(D-day)を呼びかけた。

 今週初め、フランスの上院は全会一致でNUGの承認に投票しました。
フランス議会の下院が投票を承認した場合、
フランスはミャンマーの影の政府(NUG国民統一政府)を公式に承認した最初の国になります。
EU議会からの支援は欧州議会はその決議において、抗議者に対するミャンマー軍の暴力的な対応と、
クーデター後の人々に対する人権侵害を非難し、
「これらの継続的な虐待と行動は人道に対する罪に相当する」と述べた。
10/7木曜日の時点で、1,159人が政権によって殺害された一方で、少数民族および宗教的少数派もまた、反政権の拠点での軍事フンタのクリアランス作戦により、虐待、司法外殺害、恣意的逮捕および追放に苦しんでいる。

決議は、クーデター中およびクーデター後の根拠のない告発で軍に逮捕されたU Win Myint大統領、国家顧問のDaw Aung San SuuKyiおよびその他すべての者の即時かつ無条件の釈放を求めている。

ASEANがミャンマー危機の解決に向けて調停の役割を果たしているため、欧州議会は、地域ブロックとミャンマーへの特別使節に、関係するすべての関係者、特にNUGと市民社会の代表者との関わりを求めました。
これまでのところ、軍事政権はまだ使節が国を訪問することを許可しておらず、
地域ブロックは軍事フンタの協力の欠如に失望を表明しています。

国際的には、議会は、政権の同盟国である中国とロシアに対し、国連安全保障理事会の常任理事国としての責任を果たすよう求め、ミャンマーの状況を精査する際に建設的な役割を果たすことを期待していると述べた。
両国は、米国、英国、フランスによる批判的な決議を拒否することにより、
議会での政権を長い間支持してきました。
 最後に、EU諸国に対し、軍事フンタの経済的ライフラインを遮断するために的を絞った強力な制裁を課し続けることを求め、加盟国にクーデターの責任者に対する的を絞った制限措置を推進するよう要求した。

https://www.irrawaddy.com/news/burma/malaysia-to-talk-to-myanmars-parallel-govt-if-junta-fails-to-cooperate-with-asean.html
10/6イラワジ紙
マレーシアの外相は、ミャンマーの軍事政権が
東南アジア諸国連合(ASEAN)ミャンマー特使との協力に失敗し続けた場合、
自国(マレーシア)がミャンマーの影の政府(NUG国民統一政府)と会談する準備ができていることをミャンマーの与党将軍(ミンアウンフライン)に警告した。
 サイフディン・アブドラは水曜日にマレーシアの国会の下院に、軍事政権が危機を解決するためにASEANが合意した5つの合意に協力しない場合、マレーシアは国家統一政府(NUG)との対話を検討していると語った。
地元の通信社ベルナマ。

ASEAN加盟国のミャンマーは、クーデター以来、社会的および政治的混乱に陥っており、その後、反体制抗議者に対する致命的かつ残忍な取り締まりが行われた。
国際社会は危機の外交的解決を求めており、ASEANは軍事フンタが協力することに同意した特別使節を任命しました。これは軍事フンタが従うことに同意した5つの合意の1つのポイントです。

マレーシアがNUGと会談した場合、それは、追放されたNLDから選出された議員によって形成されたミャンマーの並行政府と公式協議を行う最初のASEAN諸国となるでしょう。

それは、ミャンマーの正当な政府として、他の国々、特にASEAN諸国からの公式の承認を必死に求めてきた軍事フンタにとって大きな打撃となるでしょう。

10/4月曜日に、マレーシアの外務大臣 は、クーデターのリーダーであるミン・アウン・ライン上級将軍は、軍事フンタがASEANの努力に協力しなかったことを理由に、今月後半に予定されている地域サミットから除外される可能性があると述べた。
ネピドーがまだコンセンサスの条件に協力していないことを知らされた月曜日のASEAN外相会議の後、彼は不満を表明した。

特に、軍事政権は、拘束された国家顧問のドー・アウンサンスーチーや追放されたNLD政府、NLD国民民主連盟のメンバーを含む、危機のすべての利害関係者に会おうとしているASEAN特別特使のエリワン・ユソフによるミャンマー訪問の提案を阻止している。

ブルネイの第二外務大臣であるエリワン・ユソフは、8月にASEAN特使に任命された。
しかし、これまでのところ、ユソフは 元副大統領ヘンリー・ヴァン・ティオと元下院議長のT・クン・ミャットとの会談しか提供されていない 、とミャンマーの情報筋は語った。

騒ぎに続いて、特別使節は10/6水曜日に、問題がマレーシアの外相などによって提起された後、10月26日〜28日に軍事フンタのリーダーであるミン・アウン・ライン上級将軍をASEANサミットに招待しないことについて、「深い議論だった」と述べた。

ロイター通信によると、「今日まで、5点合意の実施に進展はなく、これが懸念を引き起こしている」と述べた。

ヤンゴンの外交官によると、ミャンマーのクーデターリーダーであるミン・アウン・ラインは、来たるASEAN首脳会議に出席することに非常に熱心であり、
軍事フンタの正当性を実証する方法であり、
 ASEANが独裁政権を「受け入れた」ことの表れだと考えている。

ヨーロッパの火曜日に、フランスの上院は全会一致でNUGを承認することに投票しました。
フランス議会の下院が投票を承認した場合、フランスはミャンマーの影の政府(NUG国民統一政府)を公式に承認した最初の国になります。

同日、米国は、クーデターの進行を助け、その後の弾圧に責任を負う個人や団体に制裁を課すことにより、軍事フンタにさらに圧力をかけることを目的としたビルマ法を導入した。
 新しい認可は、市民社会組織を支援し、バングラデシュのミャンマーで人道的支援を可能にしながら、国連にミャンマーに対してより決定的な行動をとるよう圧力をかけ、ロヒンギャ少数民族の迫害について大量虐殺の決定を下すことを求めています。 、タイとその周辺地域。
 その間、ミャンマーは急速に失敗国家になりつつあり、国は混乱状態にあり、軍事政権は軍事政権に対する武装した民間人の抵抗が強まるにつれて多くの地域を支配することができません。

バチカン0B20860F-68C4-4865-B1AF-E113D3C144AE_1_201_aAngelus prayer Pope Francis 10/3日 バチカンニュースのスクリーンショット
https://burmese.voanews.com/a/pope-prays-for-peace-in-myanmar/6255593.htmlVOA 10/4日
教皇フランシスコは、日曜日のサンピエトロ広場で長年の紛争と抑圧に悩まされてきたビルマでの平和を再び祈りました。
教皇は、近年のビルマの人々の苦しみを和らげるために、神の平和の賜物を祈りました。
彼はまた、悲劇と死によって引き起こされた苦難と死にもかかわらず、ビルマの人々が平和のために協力することを祈りました。

https://youtu.be/fFy6aR3wyK4?t=42
※見られていない方が多そうなので、貼り付けておきます。
◎9/16(木)ミャンマーの正当な民主政府NUG承認を求める緊急院内集会(参議院内)

9月25日、テロリストの軍事フンタは、マンダレー地域のAung Myay TharzanTownshipに住むThanTun Oo、別名Min Ko Thein、別名Fa​​ttyの家に彼を逮捕するためにやって来ました。
NLD党員と慈善活動家にひざまずくように言ったとき、彼は彼の状態のためにそうすることができなかったと答えた。6人のフンタ軍隊はそれから彼の膝を撃ち、彼の顔と頭を攻撃し、そして彼を連れ去った。
9月26日、彼の家族は彼が亡くなったことを知らされた。

https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-kills-dozens-in-latest-surge-of-violence-against-civilians.html
9/27イラワジ紙
最近では、民間人、特に軍事クーデターによって追われた国民民主連盟(NLD)のメンバーと声の支持者、および反体制抵抗の拠点に住む村人の殺害が軍事フンタ軍によって急増しています。

9月26日、70歳のKyi Kyawはカヤー州のディマウソ郡区のコネタール村の自宅にいたとき、テロリストの軍事フンタ軍が到着し、彼を撃ち殺した。

{9/26日曜日、カヤー州のデモソタウンシップのコーンタール村の近くで激しい戦闘が勃発し、カレンニー民族防衛軍(KNDF)とカレンニー民族進歩党の武装勢力であるカレンニー軍の合同部隊が軍事フンタ政権を待ち伏せした。
https://burmese.voanews.com/a/kayah-fighting-pdf-kndf-demoso-/6247197.html 
VOA(ボイスオブアメリカ)9/27日
カヤー州 カレンニー民族連合とデマウソタウンシップの軍事フンタ評議会の間で4日間の激しい戦闘が勃発した。
両側で死傷者の報告があり、いくつかの村の家は火事で破壊されました。Ma Mya Thazin Aungは、カヤー州の戦闘状況について報告しています。
 カヤー州 9月23日から9月26日の夕方まで、カレンニー連合とデマウソタウンシップのコーンタール村とテスル村周辺の軍事評議会軍との間で激しい戦闘が勃発した。
戦闘中、軍事評議会軍はコネタール村を攻撃しました。Kone Thar村の慈善家は、軍隊がThesulay村から撤退したときに、少なくとも50軒の家が火事にされたとVOAに語った。
 「私たちは、コーンタール村とスーレ村で多くの重火器に見舞われました。
たくさん家が焼け落ちます。その後、彼ら(軍)はその村から撤退しました。
ユニオンロード沿いのメインロード沿いの多くの家が火事になりました。完全に破壊された家屋の総数は40軒と1軒で、砲弾や小火器が当たった家屋を含めて合計約50軒でした」と彼は語った。
戦闘から逃れることができなかったKoneThar村の70歳の男性が、9月25日に射殺された。(写真の国連Tシャツの男性)
遺体は今日 (27日)、火葬のために救急車に運ばれ、道端の鉱の山に衝突した。しかし、負傷者はいなかったと、コーンタール村の慈善家は語った。
カレンニー民族連合と軍事評議会の衝突でロイコーPDFのメンバーが殺害された。デマウソ(ディモソ又はデモソ)人民防衛軍のスポークスマンは、KNDF第1大隊の副司令官が殺害され(KNDF(BO1)DeeMawSoeZoneは仲間に丁重に埋葬された。)他の4人が負傷したと述べた。

  写真はロイコーPDF PDF同志
※補足 カレン(カイン)、カヤー、カチン、チン、サガイン北西部、マグウェ北部(チン州に近い)は主にキリスト教徒です。(パプテスト(プロテスタント)とカトリック)PDF F3C7E1D9-355B-4B97-8CCD-89D8CF59A8C7


 「ロイコーPDFから同志が殺されました。チャウセ湖の戦いで倒れた。
別のKNDF同志が殺されました。今朝確認できます。約4人が軽傷を負った。確認できます。」
Demawso People’s Defense Forceのスポークスマンは、軍事評議会が前哨基地から去ったときにM.16弾薬などの武器を没収したと述べた。
 KNDF大隊の司令官は、衝突で少なくとも10人が死亡したと述べた。
「今、軍事評議会は失敗したかもしれない」と彼は言った。
でも昨日の時点で、私たちの知る限り、10人くらいしかいませんでした。でも今朝行ってチェックするとかなり負傷している様です。途中、彼らが何を着ていて、誰か出血しているかを見ました。私たちが再び会ったとき、それはかなり一般的でした。」
KNDFの第6大隊の司令官は、戦闘のために多数の軍隊がカヤー州に配備され、大砲の砲撃が民家へ行われたと述べた。軍事評議会のスポークスマンであるゾー・ミン・トゥン将軍は、ディマウソ・タウンシップでの戦闘への対応を求めるために何度か電話で連絡を受けたが、彼は応答しなかった。


その後、
9/30イラワジ紙 及び 一部追記
レジスタンス軍との戦闘で約60人のミャンマーフンタ軍が殺害された。

伝えられるところによると、水曜日のサガインとマグウェ地域およびカヤー州での戦闘中に、約60人の軍事フンタ兵士と6人の民間抵抗戦闘員が殺害された。
 9/29水曜日の朝、カヤー州のロイコーとデモソの町、隣接するシャン州のメビエとペコンの町、およびカレンニー民族進歩党の武装勢力であるカレンニー軍からのカレンニー民間抵抗戦闘員の合同部隊が40台のフンタ軍隊車両を待ち伏せした。カヤーの首都ロイコー近くのコーンタール村で。

カレンニー族の抵抗部隊によると、10時間の戦闘中に、推定30人の軍事フンタ兵士が殺害され、約30人が負傷し、攻撃者のうち5人が殺害された。
 カレンニー国籍国防軍は、武器を搭載した軍用車両を破壊したと述べた。

一方、シャン州のメビエ人民防衛軍(PDF)は、閉じ込められた軍事フンタ軍を脱出させるために、コーンタール村近くの抵抗軍に対して大砲を使用していた軍事フンタ大隊422を攻撃したと述べた。
 午後、Pekon PDFは、村で大砲を発射していた町の軍事本部を攻撃しました。

政権軍が全国の平和的な反政権抗議者への攻撃をエスカレートさせた後、軍事フンタに対するカレンニー族の抵抗は5月下旬にカヤ州とシャン州で始まった。

◎激しい戦闘は、カヤー州のBawlakhe、Demoso、Hpruso、Loikawの各タウンシップと、シャン州南部のMoebye、Pekon、Pinlaungの各タウンシップで発生しています。

軍事フンタは他の州や地域から何百もの援軍を配備し、村で無差別に砲撃を行ってきました。

また、軍事フンタSACテロリスト軍はカヤー州で襲撃を行いながら、住宅地に地雷を敷設しています。

9/29水曜日、マグウェ地域のガンゴータウンシップで25人以上の軍事フンタ兵士が殺害された。PDF抵抗軍と隣接するチン州のチン州国防軍が約100人の軍事フンタ軍を待ち伏せした。
兵士たちは町の村を襲撃することを計画していた、とレジスタンス兵は9/30木曜日にイラワジに語った。

報復として、軍事フンタ軍は、村への3回目の攻撃で、町の8つのHnanKhar村の家を焼き払った。

村の50を超える家屋が、9月10日と13日の襲撃中に軍事フンタの兵士によって焼かれました。

Kani PDFは、水曜日にサガイン地域のタウンシップのチンドウィン川で食料、武器、約200人の軍隊を運ぶ軍用ボートを攻撃しました。

Kani PDFによると、モンユワから北に向かう船は4回攻撃された。
このグループは、軍の死傷者1人、PDFメンバー1人の死亡、負傷者6人を報告しました。
 カニPDFのメンバーは、重い自家製の武器が軍用車両に対して首尾よく使用されたとイラワジに語った。

軍の死傷者の数は不明です。

並行する国民統一政府(NUG)が人民戦争を軍事フンタと宣言した9月7日以降、
ミャンマー全土で戦闘が増加しています。

軍事フンタ政権はそれ以来、特にサガイン州とマグウェ州、チン州とカヤ州で、住宅地の焼却と爆撃を含む、査察、逮捕、襲撃、暴力をエスカレートさせてきた。

NUGによると、9月21日から27日の間に、211件の事件で、224人の軍事政権兵士が殺害され、38人が負傷した。
 この事件では、52の軍事フンタ暴力行為を含め、約60人の一般市民が殺害され、28人が負傷した。

 ◎軍事評議会の弾圧により、
ディモソタウンシップの多くの人々が近くの山の廃屋などに隠れており、地元の人々は多くの問題を抱えています。

難民は、多くの人々がジャングルの間に合わせの避難所に住んでいると言います。
彼は、薬と食べ物の需要はまだ大きいと言います。

☆一方、ラカイン州は、軍事フンタが定期的な攻撃に直面していないミャンマーで唯一の地域です。
そのラカイン州北西部から2017年、軍事フンタによる集団虐殺の為に、国境を越えて避難したロヒンギャ族の人たちの巨大難民キャンプ、コックスバザールでは
9/29(水)
ロヒンギャ族の指導者モヒブ・ウラーが難民キャンプで射殺された
https://burmese.voanews.com/a/rohingya-mohib-ullah-killed-by-gunman/6250674.html
VOAボイスオブアメリカ9/30

著名なロヒンギャの指導者がバングラデシュの難民キャンプで銃撃者に殺害された。ラカイン州のロヒンギャ平和人権協会(ARPSH)のモヒブ・ウラー会長は水曜日の夜に銃撃者に射殺された、とAFP通信はグループのスポークスマンが言ったと伝えた。

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彼はキャンプの国境なき医師団(res(MSF)クリニック)に連れて行かれましたが、銃創で亡くなりました。故モヒブ・ウラーは、ロヒンギャの脱出の窮状に注意を引くための国際社会の努力の中で著名な人物でした。2019年、彼はホワイトハウスの宗教の自由式典に出席し、当時の大統領ドナルド・トランプと会いました。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のスポークスウーマン、レジーナ・デ・ラ・ポルティーリャは、ロヒンギャの指導者の死に「深く悲しんでいる」とAFPに語り、キャンプの平和と安全の責任者と連絡を取っていると述べた。
 キャンプの安全保障の必要性を反映した声明、彼の死はロヒンギャの権利運動に影響を及ぼした。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの南アジアのディレクター、メーナクシ・ガングリー。

 ラカイン州のいくつかの国境警備隊のポストに対するARSA Rohingya過激派による2017年の攻撃に対するビルマ軍(ミャンマー国軍(軍事フンタ))の対応の結果として、数十万人の難民がバングラデシュに逃亡した。

ビルマ当局(軍事フンタ)は、ロヒンギャという用語は受け入れないが、ラカイン州から逃げる難民は受け入れると述べた。個別の覚書がバングラデシュと国連との間で署名されました。
 しかし実際には、第三国定住計画はまだ実現していない。
2月1日の軍事クーデター後、ロヒンギャ難民がどのように対処されるかは不明である。
軍事クーデター後に結成されたNUG政府は、ロヒンギャを含むマイノリティの人権を保護し、1982年の市民権法を改正することを約束しました。

https://burmese.voanews.com/a/hrw-criticizes-bangladesh-over-killing-of-rohingya-refugee-leader/6251423.html
VOAボイスオブアメリカ9/30
HRW(ヒューマンライツウォッチ)は、ロヒンギャ難民指導者の殺害についてバングラデシュを批判している。

ロヒンギャ難民の本国送還の取り組みを主導しているロヒンギャの指導者、モヒブラは、脅迫されたが、バングラデシュ当局は彼らを保護できなかったとHRW南アジア局長はVOAに語った。

HRW南アジアのディレクターであるMeenakshiGangulyと話をしたMaIngyin Naingは、
9/29水曜日にバングラデシュの難民キャンプで身元不明の武装集団によって近距離で暗殺されたロヒンギャの指導者Mohibullahについて詳しく説明します。

バングラデシュのコックスバザールにあるクトゥパロン難民キャンプの46歳のロヒンギャリーダーであるモヒブラは、VOAに対し、HRW南アジアのディレクターであるMeenakshi Gangulyが、ロヒンギャ難民の帰還を支援するために米国を含む国際会議に出席していると語った。ラカイン州北部の住宅。

彼は、ビルマ軍が2017年にロヒンギャの民族浄化を開始した後、数十万人の難民がバングラデシュに逃亡したときに、モヒブラ自身に会ったと述べた。Meenakshi Gangulyは、バングラデシュ当局がロヒンギャの活動家の殺害に責任があると述べています。
「当時、私は世界に彼女を助けてほしいと言った。彼への私のアドバイスは、どんな助けが必要かを世界に知らせることです。彼はこれを真剣に受け止めた。
彼はロヒンギャ難民を代表する組織を設立し、平和的に活動し、ロヒンギャ難民に対応するために個人的に米国を訪問しました。
彼は、モヒブラがキャンプ内のさまざまなグループによって今日殺されたと繰り返し警告したが、バングラデシュ当局は彼に細心の注意を払わず、彼を保護しなかった。「それは本当に残念です。」
さらに、モヒブ・ウラーを含む他のロヒンギャ活動家は、彼らの命が危険にさらされていると繰り返し述べています。Meenakshi Gangulyは、バングラデシュ当局も圧力を受けていると述べたと述べた。
彼は、状況を変える必要があり、バングラデシュ当局は彼らを保護すべきだと述べた。
「ロヒンギャ難民は、彼らが本当に住みたいと思っている家に戻ることができる必要がある」と彼は言った。
バングラデシュ当局は、キャンペーンが完全な権利と安全を持っていることを認識しなければなりません。
バングラデシュ当局は直ちにモヒブラの殺害を調査し、公正かつ公正な裁判を求めた。
Meenakshi Gangulyは、加害者が透明性のある方法で起訴されることを望んでいると述べた。

銃撃者に射殺されたモヒブラは、100万人近くのロヒンギャが住むバングラデシュの難民キャンプで主導的な役割を果たしてきました。
Meenakshi Gangulyは、ロヒンギャ難民キャンプでの抗議行動を威厳を持って主導し、バングラデシュ政府はロヒンギャキャンプへのインターネットアクセスを1年間遮断したと述べています。
HRW南アジア局長のMeenakshiGangulyは、
国際社会に対し、モヒブラの死に同情を示し、
すべての当事者にロヒンギャ難民の第三国定住を支援するよう呼びかけた。

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9/29日 同、ガーディアンの記事
https://www.theguardian.com/world/2021/sep/29/rohingya-leader-shot-dead-in-bangladesh-refugee-camp

以上略〜〜→ 

→ロヒンギャの権利活動家であるヤスミン・ウラーは、モヒブ・ウラーは安全ではないと当局に何度も警告されていたと述べた。国際社会とバングラデシュ当局が行動を起こさなかった場合、彼女は「コミュニティの他の人々が受け取るであろう単純なメッセージは、私たちの生活は重要ではないということです」と述べました。

「人権擁護家は彼らが行う仕事に対する単純な基本的保護さえ与えられていない」ということは、バングラデシュの機関の間で見当違いの優先順位の兆候であったと彼女は言った。
「それに直面しましょう、国際社会はその仕事をするつもりはありません…私たちは自分たちでその仕事をしなければなりません-それで私たちのためにそれを安全にしてください。
UNHCRとバングラデシュ当局はキャンプを証券化してきましたが、人々に力を与える方法ではなく、人々を安全に保つ方法でもありません。」

彼女は、明らかに安全対策である、集落を囲む有刺鉄線を指差した。モヒブ・ウラーの死を防ぐことも、夜にトイレに行くことを恐れすぎた女性の安全を確保することもできなかったが、
「人々が人々のように扱われるバングラデシュの他の地域と難民の間の分裂の象徴となった。
人間以下として扱われる人」。

アムネスティ・インターナショナルの南アジア運動家であるサード・ハマディ氏は、モヒブ・ウラーの殺害は「コミュニティ全体に萎縮効果」をもたらすだろうと語った。
「現在、バングラデシュ当局は、彼の殺人事件の捜査を迅速化し、刑事責任の疑いのあるすべての人々を公正な裁判で裁判にかける責任を負っている」と彼は述べた。

FortifyRightsの最高経営責任者であるMatthewSmithは、Mohib Ullahの死は「ミャンマー、ロヒンギャの人々、そしてより広く人権運動にとって大きな損失であった」と述べた。

「モヒブ・ウラーは、真実、正義、そして人権に尽力しました。彼はバングラデシュで深刻で持続的な脅威に直面しており、保護が必要でした。
バングラデシュ政府は、この凶悪な犯罪に関与した可能性のある人を直ちに調査し、正義を確保する必要があります。」

☆《How family of a Myanmar junta leader are trying to cash in》☆
ロイター通信スペシャルレポート 9/7日 
https://www.reuters.com/investigates/special-report/myanmar-generals-families/ 

ミャンマー空軍のトップ、マウンマウンキョウは、
今年初めにビルマの民主主義を打倒した軍事フンタの主要メンバーです。
彼の息子と甥は、
軍隊への供給を含む幅広いビジネス上の利益を持つ若い世代の軍の家族の一員です。

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空軍トップのマウンマウンキョウと軍事フンタSAC代表ミンアウンフライン 写真ロイター

ビルマ軍が権力を掌握してから1週間後、10年近く休眠していたTwitterアカウントがちらつきました。
Twitterユーザーは、2月1日のクーデター以来、治安部隊による取り締まりで数百人が殺害された反クーデター抗議者を嘲笑した。
警察のトラックが2月8日に首都ネピドーのデモ隊に高圧放水砲を発射した後、彼は国の伝統的な4月の新年のお祝いにトローリングの言及をしました:「水祭りは彼らのために早く来ます笑」。

数週間後、ユーザーは「#fuckthereds」と書き、クーデターで転覆して逮捕されたノーベル賞を受賞した民間の指導者、アウンサンスーチーの政党に否定的な言及をしました。
 その後閉鎖されたアカウントのアーカイブ版のレビューは、
ユーザー名がクーデターの主要人物、空軍のトップであるマウンマウンキョウの33歳の息子でIvanHtetに属する仮名であったことを明らかにしました。

しかし、Ivan Htetは、1948年のミャンマー独立以来、ビルマと呼ばれていたビルマ軍の名前であるTatmadawのソーシャルメディアで熱狂的な支持者であっただけではありません。
彼はまた、ミャンマーの軍隊に供給するために民間企業を共同設立した妻のリン・レット・ティリとともに、軍隊の装備を手伝って現金を稼ごうとしている、とロイターは発見した。

ロイターがレビューした企業の提出書類と軍事調達文書、および家族の友人や仲間、5人の防衛請負業者へのインタビューによると、この夫婦は経済全体にビジネス上の関心を持つ若い世代の軍事家族の一員であることがわかります。

彼の息子と義理の娘に加えて、空軍長官の甥と姪も繁栄しました。
:彼らは国の航空部門に供給する会社を所有しています。
企業のファイリングとメディアインタビューショー。2人の防衛請負業者、ビジネスアソシエイトと元ミャンマー航空会社の幹部はロイターに、甥は軍隊に供給する取引にも関与していると語った。

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マウンマウンキョウ(57歳)は2018年に空軍の長に昇進し、近代化プログラムを主宰し、数十年にわたって人権侵害で告発されてきた軍隊を支援するために使用される航空機のアップグレードに数億ドルを費やしました。
国連の調査官によると、これらには「虐殺の意図」を持ったロヒンギャのイスラム教徒の少数派の2017年の大量殺戮が含まれていた。
軍はこれを否定し、警察を攻撃した過激派に対して合法的なキャンペーンを行っていたと述べた。

地元の人権団体である政治囚支援協会(AAPP)が1,000人以上が殺害されたと述べたクーデターとその後の抗議以来、空軍は反対派を鎮圧するために全国の軍隊を輸送するために使用されてきた。
民間人も殺害した反政府勢力に対する爆撃と襲撃。

シンガポールの高価な会場でのパーティーやバンコク、ロンドン、サントリーニへの旅行を示す写真のソーシャルメディアへの投稿は、空軍長官の家族がビルマの大多数にとって手の届かないライフスタイルを楽しんだことを示しています。
 特権的な育成により、Ivan Htetは2018年12月に、父親と国のトップジェネラルで現在はクーデターのリーダーであるMin AungHlaingの前で結婚しました。
企業の記録によると、3か月後、英国で訓練を受けた建築家であるIvanの新しい妻が、防衛およびセキュリティ業界の近代化を使命とするAlliance Engineering Services Co.、Ltd。を設立しました。

ロイターがインタビューした2人の防衛請負業者と1人のビジネスアソシエイトは、同社はIvanHtet自身が率いていると述べた。
彼はそれらとの取引について話し合い、そのうちのいくつかは完了したとそれらの情報筋は言った。
これらは、ドローンのスペアパーツからソナーやレーダー機器の購入にまで及びました。

ロイターは、イスラエル製の監視ドローンのスペアパーツの見積もりを要求するサプライヤーにアライアンスエンジニアリングサービスから2020年に送信された手紙をレビューしました。
グループの1つからの写真によると、ドローンは民族武装グループに対して軍によって使用されています。この文書はIvanHtetによって回覧された、とこの問題の知識を持っている人は言った。
ロイターは、取引が成立したかどうか、またはそれがどれだけの価値があるかを判断できませんでした。

シンガポールを拠点とする空軍長の甥で姪であるリン・ヘットさん(33歳)と妹のモン・イーさん(31歳)は、ミャンマーやその他の市場の航空セクターにコンサルティング、スペアパーツ、リース、メンテナンスサービスを提供する家業を営んでいます。
Linn Htetは、国営のミャンマーナショナル航空のディレクターでもあり、ミャンマーの地元メディアの報道と彼が代表した会社のWebサイトのアーカイブ版によると、国内のベルやセスナなどの主要な米国の航空ブランドを代表してきました。
 ロイターがインタビューした防衛産業の請負業者とビジネスアソシエイトの1人によると、軍用に、リン・ヘットはさまざまな航空機のスペアパーツも供給しています。

すべての請負業者は、軍事政権による報復を恐れて匿名を条件に話しました。

しかし、ある元ミャンマー航空会社の幹部は、甥との取引について説明しました。

ビルマの民間航空会社エアマンダレーの元最高経営責任者であるゲイリー・ビリアード氏は、リン・ヘットと取引を行い、空軍長官の甥は、民間人であれ、軍隊であれ、ミャンマーの航空産業のあらゆる側面に関与していることを「隠そうとしなかった」と述べた。
 タイヤ、エンジンのオーバーホールと部品、ホイールとブレーキのための空軍の購入は彼を通り抜けた、とビリアードは言った。

ロイターは、ミャンマーの空軍長とその家族に彼らの商取引について詳細な質問を送った。IvanHtetと彼の妻は応答しませんでした。
質問が送信されてから2日以内に、IvanHtetのTwitterアカウントが閉鎖されました。
Ivan Htetの番号への電話に応答した人は、記者が彼に連絡する理由を説明し始めたときに電話を終了しました。

マウンマウンキョウは軍に送られた質問に答えなかった。

甥姪と姪が所有する家業であるLTRは、電子メールで、「武器取引に関与したことも、航空機部品や物品をミャンマー軍に供給したこともない」と述べた。
甥のリン・ヘットは質問に答えなかった。
電話で連絡を受けた彼の妹のモン・イーは、彼女は会社のミャンマー取引にはほとんど関与しておらず、彼女の家族が「特別な利点」を持っているとは信じていなかったと述べた。

ベル、ビーチクラフト、セスナのブランドを所有するニューヨーク証券取引所に上場しているTextronIncのスポークスマンであるMichaelMaynardは、LinnHtetと彼の家族との関係についての具体的な質問には答えませんでした。
メイナード氏は、同社は仲介業者については話し合わないと述べた。

◎家族関係

 ビルマ軍は長い間、経済の広い範囲、特に石油、ガス、銅、翡翠などの採掘産業を支配してきました。
歴代の軍の指導者の下で、タッマドゥは文民統制外の商業的利益の網を確立し、
民間部門の「クローン企業」のネットワークに契約を向けた、とミャンマー軍に関する国連の事実調査団は2019年の報告書で述べた。

地元企業の記録によって確認されたOpenCorporatesからのデータのレビューは、クーデターリーダーの家族が経済のさまざまなセクターに関与している程度を示しています。
ロイターは、国​​家行政評議会と呼ばれる軍事フンタの4人の軍人の子供たちが所有または監督している27の企業とその配偶者を発見した。
事業は建設から医薬品、娯楽にまで及びました。

「将軍は自分たちの利益、財産、富を保護しているだけだということは誰もが理解している」
 と
元駐英国ビルマ大使のチョー・ズワル・ミン氏は軍のパラシュートであると語った。
彼は2月1日の逮捕後、スーチーの釈放を求めた後、解任された。
彼は英国に残っています。

現在の最高司令官であるミン・アウン・ラインの子供たちは、政府から有利な取引を得ています。ミン・アウン・ラインは軍に送られた質問に答えなかった。

60代半ばの小柄で眼鏡をかけた男、ミン・アウン・ラインは、人権団体が村人が輪姦され、兵士に殺された例があると述べた民族地域での連続した軍事作戦でキャリアを築くことにより、比較的曖昧さから立ち上がった。
軍のトップに任命された後、彼は軍が少数民族に対して残虐行為を犯したという主張を拒否した。

彼は2011年に厳選され、元軍事フンタのリーダーであるタンシュエの後を継いでいます。2017年、彼はミャンマーからの数十万人のロヒンギャの追放を監督しました。

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2017年10月、木製ボートでバングラデシュ沿岸に辿り着いたロヒンギャ族避難民のアリフウラーと妻シャキーラ。写真ロイター

昨年のスピーチで、彼はミャンマーの「貧しい人々と裕福な人々」の間のギャップを狭める必要があると言って、国の経済格差に取り組んだ。
 今年の初め、クーデターをきっかけに、彼の子供たちは米国によってブラックリストに載せられ、彼らのビジネス上の利益が浮き彫りになりました。
米国財務省によると、 彼の息子のアウンピャエソネは2013年に新しいレストランの土地を借りるために市場価格の1%未満を支払いました。
ミンアウンフラインの娘、キンティリテットモンは、ロイターが見たミャンマー投資委員会の漏洩記録によると、軍事管理下の通信会社に移動式タワーを供給している。
この取引は以前、ドイチェ・ヴェレによって報告されました。

Aung PyaeSoneとKhinThiri Thet Monは、ロイターからの質問に答えなかった。

ミャンマーを統治している軍政のスポークスパーソン(ゾーミントゥン准将)も、この話に対する質問には答えなかった。

〜省略
◎以下 本文をご覧ください。

『誰もが、将軍が自分たちの利益、財産、富を保護しているだけであることを理解しています』
チョー・ズワル・ミン、元駐英ミャンマー大使

会社の記録と請負業者の1人とビジネスアソシエイトへのインタビューによると、会社はWin MinHeinによって日々管理されていました。
LinkedInのプロフィールによると、Win MinHeinはIvanHtetと同じシンガポールの学校に通っていました。
彼はコメントの要求に答えなかった。

ロイターがレビューした公式の支出記録によると、2019会計年度の外国機器への支出に対する空軍予算は、他のどの軍組織よりも最大であり、海軍の2倍以上である3億6000万ドルでした。国営メディアによると、ミン・アウン・ラインは空軍の強化を優先事項としていた。

空軍の支出の大部分は、新しい航空機を購入するだけでなく、既存のモデルに新しいコンポーネントを装備することに向けられている、と支出記録は示しています。
ロイターの支出記録分析によると、2020会計年度には、空軍の海外購入予算3億7700万ドルの約3分の1がスペアパーツと修理に充てられました。
軍事請負業者は、これが航空機のスペアパーツとメンテナンスの有利な取引を引き起こすと述べました。

ロシアの戦闘機などの写真で示されているように、Alliance Engineering Servicesのウェブサイトは、その使命は「ミャンマーの防衛およびセキュリティ産業の新たな新時代をリードすること」であり、航空機の重要なコンポーネントの保守と取得に特化していると述べました。
2019年と2021年には、モスクワで開催されたMAKS国際航空ショーの出展者リストに掲載されました。ロシアの航空機メーカーが製品を展示し、外国の顧客に商談契約を開きます。

アラカン軍(AA)のメンバーは、昨年ラカイン州でミャンマー軍から押収されたスカイラークドローンを展示しています。画像はソースで隠されていました。アラカン軍/ロイター経由の配布物から

ロイターが見た2020年11月のAllianceEngineering文書は、同社がイスラエルのメーカーElbitSystemsによって製造されたSkylark軍用ドローンのスペアパーツの見積もりを求めていることを示していました。
Tatmadawは、2020年に墜落したひばりを反乱軍が撮影したRakhine州を含め、民族武装グループとの戦争でドローンをますます使用しています。

エルビットシステムズは、ミャンマーにひばりやスペアを供給したかどうかを尋ねられ、ロイターに「2015年以来、その国で活動を行っておらず、この国に製品やサービスを提供していない」と語った。

◎シンガポールのいとこ

シンガポールでは、イワンのいとこであるリン・ヘットがミャンマーの航空産業に供給する中心人物になっていた、と記録とメディアの報道が示しています。
Linn Htetは、LTRの共同所有者であるだけでなく、別のシンガポール企業であるAsian Aviation Resourcesのミャンマー代表でもあり、そのWebサイトによるとTextronAviationの正規営業担当者です。

Asian Aviation Resourcesの幹部は、LinnHtetの会社への関与についてコメントを控えた。ロイターが会社に連絡した後、リン・テットのプロフィールはそのウェブサイトから削除されました。
 TextronのスポークスマンであるMaynardは、同社は「当社の仲介業者や他の人物に関連する機密情報を開示することはできない」と述べた。

2014年から2019年の間に、Linn Htetは、家族会社がミャンマーに飛行機とヘリコプターを供給するために働いているとメディアの報道機関によって引用されました。
彼がヘリコプターの販売を促進したとき、リン・ヘットは2016年に、進行中の米国とEUの制裁は問題ではないことを示しました。
ミャンマー政府と民間企業は「制裁に問題なくシンガポールからベルヘリコプターを簡単に購入できる」と彼はミャンマータイムズに語った。当時、外国企業は、多くが解除されたにもかかわらず、依然として制裁を懸念していた。

航空会社の幹部であるVilliardと2人の請負業者によると、LinnHtetも軍事物資に関与していました。請負業者の1人とビジネスアソシエイトは、彼がAeroSofiと呼ばれるミャンマーの軍事サプライヤーと協力したと述べました。Aero Sofiは、2020年にヨルダン空軍から2機のエアバスC295軍用輸送機の空軍を3,860万米ドルで購入しようとしました。

その取引へのAeroSofiの関与は、ロイターによってもレビューされた漏洩した軍事予算文書に基づいて、組織犯罪と腐敗報告プロジェクトによって以前に報告されました。
通信社は、取引が完了したかどうかを判断できませんでした。
 Linn Htetの名前は、Aero Sofiの企業ファイリングには表示されませんが、この企業と彼の家族会社は、文書化された密接な関係を持っています。
たとえば、LTRの副運用マネージャーであるHein Htut Winは、Aero Sofiの共同設立者であり、3分の1の株主であると企業の記録が示しています。

電話で連絡を受けたHeinHtut Winは、Aero Sofiで働いていないと述べ、それ以上の質問には答えることを拒否した。AeroSofiはコメントの要求に応じませんでした。

企業の記録によると、MonYeeはミャンマー軍に供給している企業の幹部とも関係がありました。
彼女はシンガポールで、AeroSofiの役員であるThihaMyo Nyuntと、Tatmadaw(ミャンマー軍)に衛星通信を供給するために7月に米国財務省によって認可された会社であるKing RoyalTechnologiesのマネージングディレクター兼パートオーナーであるYeAung AungTinとの貿易事業を所有しています。

トレーディングビジネスであるMaxiRoad Tradingには公開プロフィールがなく、MonYeeは会社に関する質問に答えませんでした。
Thiha Myo Nyuntは、AeroSofiとMaxiRoadTradingはもう稼働していないと述べました。
7月、Maxi Road Tradingは、シンガポールの企業レジストリに、数か月前に取引を停止したことを通知しました。キングロイヤルは質問に答えませんでした。
イェー・アウン・アウン・ティンにコメントを求めることはできなかった。
 メイナード氏によると、テキストロンは過去30年間に合計5機の飛行機をミャンマーに直接販売し、クーデター前にミャンマーへの「直接部品販売を停止」したという。

◎Going Dark

クーデター以来、軍事フンタの指導者の家族は彼らのオンラインプロフィールを隠すために努力してきました。
IvanHtetの妻であるAllianceEngineering Servicesによって設立された会社のウェブサイトは、「建設中」というメモに置き換えられました。

マウンマウンキョウの家族がその知名度を隠すようになったので、彼がハンドルを握る空軍はミャンマーの国境地帯を含む軍政の力を固めるのに重要な役割を果たしました。
 そこでは、民族武装グループが、大多数の民族バマール(ビルマ)の中心部からのより大きな独立を求めて、何十年にもわたる戦いを繰り広げてきました。
アウンサンスーチーのNLD政府は和平協定を仲介しようとしていました。
しかし、軍事クーデター以来、軍事フンタ軍隊との戦いで、彼ら(民族組織軍事部門)と共通の原因を見つけた民間の抗議者は、また収容彼ら抗議者を助ける民族グループがあったため、消滅した紛争が新たに勃発しました。

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freeburmarangersによる写真、子供達の学校が軍事フンタにより破壊、カレン州3月 をロイターが引用

たとえば、カレン州では、国の武装グループの1つであるカレン民族同盟が抗議者との連帯を表明しています。
(9月現在ではPDFとなって軍事フンタの襲撃、抗議市民に対する虐殺に対して戦っている。)
救援グループのフリービルマレンジャーズによると、3月下旬、戦闘機によるカレンでの空爆により、5歳の少年を含む数人が死亡した。
12歳の少女が同じ攻撃で榴散弾に顔をやられたが、生き残った。
何千人もの人々がジャングルに、そして国境を越えてタイに逃げました。

4月15日のInstagramの投稿によると、シンガポールでは、数週間後、LinnHtetとMonYeeがシンガポールのフレンチレストランBar-A-Thymで他の3人の男性と食事をしました。 「仕事」と「人生」という言葉。
 男性の1人は、ベルヘリコプターの地域営業マネージャーであるEricNgでした。
彼は、ロイターからの家族との仕事についての質問には答えなかった。

一方、軍事クーデターにより、
Ivan Htetは5月17日に軍政の指導者や政権に近い人々を含む米国によって認可された制裁リストに追加されました。
米国財務省のスポークスパーソンは、イワン・ヘットの事件についてコメントすることを拒否したが、将軍の子供たちは「資産を所有している、または政権に利益をもたらす取引を促進しているこれらの家族に基づいて、また家族が責任のある悪意のある行為者に関係していることに基づいて、ブラックリストに載せられた」と述べた。

Ivan Htetは
反クーデター抗議者のソーシャルメディアターゲットの1つであり、
自宅ではミャンマーの将軍の家族に名前を付けて恥をかかせるためのキャンペーンを開始し、友人に彼らを避けるよう呼びかけました。
 Ivan HtetのロックされたFacebookプロフィールのロゴは、彼がいじめキャンペーンの犠牲者であることを示しています。

9/22,23日の二回に渡って軍事フンタの襲撃を受けた
サガイン管区Taza Townshipキコネ村の家屋

☆軍事フンタ政権SACテロリストによる
インターネット回線遮断地域、タウンシップ
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9/24イラワジ紙
木曜日のミャンマーの軍事政権は、首都ハカを除くチン州全体と、マグウェ地域の3つのタウンシップで、町の砲撃や村の焼却など、この地域で一連の暴力的な攻撃を行った後、インターネットアクセスを遮断しました。
 地元の人々は、インターネットの停電は、政権が影響を受けた地域の反政権抵抗グループに対して
さらに激しい暴力の準備を意味することを懸念しています。

ミャンマーの3つの主要な通信事業者であるMPT、Telenor、Ooredooのモバイルインターネットサービスは、木曜日の午後6時頃からチン州でブロックされています。
 一方、地元住民によると、マグウェ地域の3つのタウンシップ(ガンゴー、ヘーリン、ミャイン)は、木曜日の夜からインターネットの停電に直面しています。
影響を受けたタウンシップは反体制抵抗勢力の拠点であり、軍事フンタ軍に多大な犠牲者を出している。

4月下旬以降、チン州では、軍事フンタ政権軍とチンランド国防軍の民間抵抗戦闘員との間で推定300の銃撃戦が勃発し、そのほとんどが自家製の伝統的な狩猟銃で武装している。(狩猟の名人達)
 CDFによると、銃撃戦の間に、約500人の軍事フンタ兵士と約60人の民間抵抗戦闘員が殺害された。

CDFのスポークスパーソンは金曜日にイラワジに語ったところによると、チン州は現在、軍事フンタ軍と民間抵抗戦闘員の間で激しい市街戦が行われているが、州のすべての農村地域はチンランド国防軍の管理下にある。

CDF部隊による都市攻撃とその軍隊による大きな損失に対応して、ミャンマー軍は最近、チン州の3つの町(サントラン、ハカ、ミンダット)の住宅地を爆撃または砲撃しました。
 先週の土曜日、CDFのメンバーとの銃撃戦で30人以上の政権兵士が死亡した後、軍事フンタ軍はサントランの住宅地を砲撃し、20軒の家を焼き払った。
政権軍はまた、軍の砲撃によって引き起こされた火を消すのを手伝うために彼の家を去ったチン・クリスチャン牧師を撃ち殺した。

彼を殺した後、軍事フンタ軍は牧師の指を切り落とし、彼の結婚指輪と時計や携帯電話を含む他の所持品を盗んだ。
 9/19日曜日に軍事フンタ軍が町を歩き回り、ランダムに家に銃撃し始めた後、サントランの全人口8,000人以上が逃亡した。
軍事フンタ軍はまた、マグウェのガンゴータウンシップのいくつかの村を襲撃して全焼させ、9月の第2週の民間武装抵抗グループに対する作戦中に20人以上の民間人を殺害した。
 軍事フンタ政権軍はまた、9月中旬にマグウェ地域のMyaing Townshipの村を襲撃した際に、10代の若者を含む3人の一般市民を殺害した。
ある襲撃では、犠牲者は軍事フンタ軍によって家の中で生きたまま焼かれました。
彼らはまた、村で家やトーチバイクや救急車を略奪しました。

一部の民間の抵抗勢力は、地元住民と抵抗グループが政権軍のあらゆる動きに関する情報を共有しているため、軍事フンタがインターネットアクセスを削減したと主張した。
 このような情報は、この地域の軍事政権軍に対する待ち伏せを計画するのに非常に役立つと、ガンゴー人民防衛軍の指導者は金曜日にイラワジに語った。

CDFのスポークスパーソンはまた、インターネットアクセスをブロックすることにより、軍事政権は、衝突時の居住地域の砲撃を含む、人権侵害や残虐行為に関するニュースにブラックアウトを課したいと述べた。

「私たちの人々は軍事フンタの[軍事力]に注意する必要があります。
彼らはインターネットの停電を課して、彼らがやりたいことを何でもできるようにした」とスポークスマンは言った。
 彼はまた、インターネットの停電中にチン州の軍事フンタ軍による人権侵害と残虐行為の可能性のある兆候がないか警戒を怠らないように地元と国際社会に促した。

軍事政権は以前、9月14日、カニ、ミンギン、インマビン、ペール、シュウェボー、ブダリンを含むいくつかのサガインの町、およびマンダレー地域のモゴケとミンジャンでインターネットアクセスを遮断しました。

インターネットアクセスは、カチン州の翡翠採掘の町、Hpakantの軍事フンタによっても遮断されました。

すべての影響を受けた地域は、反体制抵抗グループの拠点です。

インターネットの停電は、COVID-19のパンデミックや職業学習に関する情報への住民のアクセスを妨げ、オンライン送金サービスを使用できないため、地元のビジネスを混乱させています。

並行するNUG挙国一致内閣(国民統一政府)が9月7日にそれに対する人民防衛戦争を宣言して以来、軍事フンタは、特にサガインとマグウェ地域(管区)で、全国の村を焼き払ったり、住宅地を砲撃したりするなど、その検査、逮捕、襲撃、暴力行為をエスカレートさせました。そしてカヤとチンの州でも。
 一方、地元の人民防衛軍部隊は、軍事フンタ軍を対象とした作戦を強化している。

https://www.irrawaddy.com/news/burma/fears-of-more-atrocities-as-myanmar-junta-blocks-internet-in-parts-of-chin-magwe.html

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軍事フンタSACは大規模な掃討作戦の前にインターネットを遮断して市民、レジスタンス、PDFのネットワークを混乱に陥れます。
それから極悪非道なピューソーヒティ(軍事フンタの組織する極悪民兵)を引き連れ軍事フンタの連隊は村々を襲っています。
金目の物は略奪します。
家畜は殺してしまいます。
そして市民の家屋に火をかけます。
フンタに殺された市民達の遺体を切断することもあります。
物資運びが足らないと村人を逮捕して物資を運ばせます。子供も容赦なし。
極悪非道のミャンマー軍事フンタSACとその協力者は
神々の罰を受けるでしょう。
 

《メディア媒体について》

○国営新聞MyanmarAline (軍政プロパガンダ)(国内向け)
○国営英字新聞Global New Light of Myanmar(軍政プロパガンダ)(国外向け)
(逮捕された市民の氏名確認等に使う)
○MNAミャンマーニュースエージェンシー 国営通信者
○MRTVミャンマーラジオTV(軍政プロパガンダ)
○MWD TV MyawaddyTV 国営放送 (軍政プロパガンダ)

これら軍政プロパガンダはクーデター以降、現在、YouTube、FB、Twitter等から追放されました。

独立系媒体は軍事政権によって許可停止であるため、
地下に潜って活動中。(以前からタイ、インドに拠点がある。)

ミャンマーの真実を伝えるために必死で頑張っている!
運営資金はほぼ国内外市民からの寄付である。
◎Myanmar-Now(独自の情報網があり必!) 英、ビルマ語
◎Mizzima MizzimaTV(独自の情報網があり必!)英、ビルマ語
◎その他・・・KhitThitMedia ・・他・・
◎DVB Dvb Burmese ビルマの声(一部ノルウェー政府資金支援 元々は同国へ避難民の方々が創設)ビルマ語、英語版もある。
◎The Irrawaddy イラワジ紙(日本の朝日新聞と毎日新聞に相当する。外交にも強い。外交官寄稿文にもよく引用される。)英、ビルマ語
◎RFA Burmeseラジオフリーアジア ビルマ(アメリカ合衆国が資金援助)ビルマ語、一部英語
◎VOA Burmeseボイスオブアメリカ ビルマ(アメリカ合衆国が資金援助)ビルマ語

※BBC Burmeseを記載しなかったのは独自の情報網が上記に比べ少し弱いところがある。(植民地時代の影響)それ以外はさすが。

イラワジ紙9/27
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-regime-accuses-detained-state-counselors-ex-bodyguard-of-incitement.html

☆ドー アウンサンスーチー国家顧問の献身なボディーガードは
軍事フンタに不当に逮捕されました。
ミャンマーの軍事フンタは、拘束された国家顧問を支援するソーシャルメディアにメッセージを投稿し、
NLD MPと通信し、情報を受け取ったとして、Daw Aung San SuuKyiのボディーガードであったミャンマー警察の少尉であるCherryHtetに対して訴訟を起こした。フンタの警察は9/26日曜日に言った。

Cherry Htetさんは、ネピドーのZabuthiri Township Police Station No. 1で刑法第505条(a)に基づいて提起された事件で、煽動の罪で告発されています。

警察の報告によると、被告人は9月23日に逮捕され、捜査を受けて起訴された。

30歳のボディーガードは、Daw Aung San Suu Kyiに 
3月14日、私たちはあなたがいなくて寂しいです、Amay!」という投稿を共有したとして非難されていると書かれています。
拘留された国家顧問は一般に「Amay」と呼ばれます。

フンタの警察はまた、6月にBilinConstituencyの元NLDMPであるDawThiri Yadanarと連絡を取り、並行する国民統一政府から声明に関する情報を受け取り、外国メディアが公開したニュースビデオ映像を交換したとして彼女を非難した。

Cherry Htetさんは、2月1日のクーデター以来自宅に拘留されていたと考えられていました。
9月21日、軍事フンタは彼女を公務員の住居で逮捕し、拘留した。

2月1日に軍が権力を掌握する前の早い時間に、軍はDaw Aung San Suu Kyi、U Win Myint大統領、および国の州と地域の首相を含むNLD閣僚を拘留した。

Daw Aung San Suu Kyiは、トランシーバーの所持、COVID-19制限の違反、扇動、公務秘密法の違反、汚職を含む11件の訴訟で訴えられました。

拘留された指導者を起訴することに加えて、軍事フンタは彼女を支援した他の人々も逮捕し起訴した。

7月初旬、拘留された国家顧問の個人秘書であるKo Zaw Naing Winは、刑法第409条に違反し、公務員による背任の罪で7年の刑を宣告された。
彼は、Daw Aung San Suu Kyiのリーダーシップの下、外務省(MOFA)の副所長を務めていました。2月3日、彼はオンライン投稿で、23年間働いていた外務省での職を辞任したと述べた。

9/30イラワジ紙
ミャンマーの軍事フンタは、追放された民間政府(NLD政権)のオーストラリア人顧問であるショーン・ターネルと、今週裁判にかけられる国家顧問のアウンサンスーチーを含む4人の政府高官に弁護士が会うことをまだ許可していない。

https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-still-denies-australian-advisors-access-to-lawyer.html

☆9月以降、都市部では若者、学生達が少なくなって、ほとんど見かけなくなったと伝えられています。
不当に逮捕、拉致されている。
森に逃げている。



☆NUG国民統一政府
U Naing Htoo Aung によると
9月7日の宣戦布告からの2週間で
453人の軍事フンタ兵士及び警察官が、
CDM側へ寝返ったそうです。


☆ミャンマーの軍事フンタは、チン州の避難民を支援する医師を逮捕しようとしています。
9/24イラワジ紙

https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-seeks-to-arrest-doctor-assisting-displaced-persons-in-chin-state.html

無人になったチン州サントランの町。約1万人のサントラン住民は避難民となった。9/19(日)のサントランの写真 写真:チンワールド(Hakha Times)、21日。
サントラン1B7F1CE0-2BDE-4E29-A0A9-FA6B9184D77C

☆サガイン管区、マグウェ管区の多くの村々は9月に入り、
軍事フンタ政権SACテロリスト軍
による、《人道犯罪です!!!
 集団虐殺、村ごと焼き払う、
逮捕 拉致の後、拷問のち射殺、
遺体の切断、地中埋め、
生きたまま逮捕者の丸焼き》

9/14日以降この地域の多く(軍事フンタから攻撃を受けた、フンタが攻撃を準備している)
 はインターネット回線、電話が遮断されているため、
現在最も心配な地域。
情報が極度に減った。

ミャンマー軍事フンタ政権SACテロリスト軍&ピューソーヒティー(フンタの組織する自警民兵)
 は
ナチスの戦争犯罪、クメールルージュ(ポルポト)による大虐殺
 と同罪だ。

ミャンマー市民は家族、仲間を守るために武器を手に取っている。
 ○すぐ北東に位置するあの大国はKIAへの武器供与を大幅に強化するべき。
自国のミャンマーにおける権益維持、及び早期の安定化を望むのであれば
ミャンマー市民の手助けをした方が望ましい結果に近づくであろう。
後に大きく宣伝しても市民から批判は出まい。
 ○ミッチーナを訪れたミンアウンフラインは内心ショックだったのではなかろうか。
この戦いは長い。
 ○人々はこれまで長い長い軍政のビルマの出来事を、今のフンタの人道犯罪を胸に刻んでいる。
”自己犠牲の精神”
が今のビルマ(ミャンマー)市民の人々に見ることができる。
 ○米国はタイの軍事政権に対し、国境付近への偏ったミャンマー人逮捕が出ないように
あらゆる分野を監視し、付近の風通しを良くしておくことが良いのではと思う。
タイの軍政に対して場合によっては対抗策。人道支援も含めて。風通しが寛容。
 ○インドはチン州避難民の保護と人道支援の拡充。
そう、ミゾラム、マニプール、から人道支援の拡充。
後々のために良い。
インドも陸路の対ミャンマー経済発展にはまたと無い機会。
しかし、マニプールから軍事フンタに協力している連中が居るではないか。

9/21日イラワジ紙

[ヨー村の地元の人々は、ミャンマー軍事フンタによる虐殺について説明します]
https://www.irrawaddy.com/news/burma/locals-describe-myanmar-military-massacre-of-yaw-villagers.html
かつては平和と静けさの天国だったヨー地域は、今ではミャンマーの軍事政権と戦う民間のレジスタンス運動家がいる戦争地帯になっています。
 マグウェ管区のガンゴー、ヘーリン、ソー、キュクトゥの町で構成され、チンドウィン川の西岸にあるポンタウン-ポンニャ山脈とチン丘陵の間に位置するヨーの地元の人々は、持っているどんな武器でもフンタ軍事支配に抵抗しています。

ヨーのほとんどの村は、2月1日のクーデターでミャンマー軍によって政府が追放された国民民主連盟NLDを支持しています。
しかし、この地域には、軍事フンタ支援の連邦団結発展党USDPの拠点もあり、軍事フンタによって訓練され武装した民兵であるピューソーヒティーが活動しています。

ヨーの民間抵抗戦闘員は、軍事フンタ軍と戦うための伝統的な狩猟用ライフル(チン州のCDFと同じように)しか持っておらず、
軍事フンタ軍はそれらを大幅に上回っています。その結果、軍事フンタの襲撃で破壊された民間人の死亡、避難民、家屋の数が増加しています。

9月9日に人口3,800人のヨーの大きな村であるミンタールで起こったことの記憶は、一生村人を悩ませます。それは軍事政権に抵抗する人々にとって悲劇的で苦痛な光景でした。

9月9日の朝、地元の人々が、Myinthar川の対岸にあるMyinTharの西にあるTharLin Villageの近くで軍隊がトーチをしていると聞いた後、MyinTharは混乱に陥りました。
 その後、軍隊とスポーツショーツを着た武装した男たちがタールリン村とミンタール村を結ぶ橋を渡った。
午前10時に、民間のレジスタンス運動家と軍事フンタ政権軍の間で銃撃戦が勃発した。
軍事フンタ軍が重火器を使用した後、抵抗戦闘員は撤退を余儀なくされた。

9月9日、10代の少年と高齢者を含む合計18人がミンタールで死亡し、約20戸の家屋が軍事フンタ軍によって全焼した。
「私たちは、私たちの村が襲撃され、放火されるのではないかと恐れて、防衛グループを結成しました。彼らが私たちに発砲した後、私たちは伝統的な狩猟用ライフルで約45分間防御しました。私たちは動揺している」とある村人は言った。

軍事フンタ政権のスポークスマン、ゾー・ミン・トゥン少将は、地元の人民防衛軍(PDF)が活動しているという情報に応えて、軍事フンタ軍がミンタールに行ったと述べた。
軍事フンタのスポークスパーソンは、政権軍が村の近くで約50人の男性に攻撃されたと主張した。
1人の兵士が死亡し、軍は23丁のライフルと8丁の自家製グレネードランチャーを押収したとゾーミントゥン少佐は付け加えた。
 しかし、彼は18人の村人の死については言及しなかった。

地元の人々は、軍事フンタ軍と一緒に戦った民間人の服を着た武装した男たちがピューソーヒティーのメンバーであると言った。
軍事フンタ軍が村に入った後、何人かの村人が殺された。
そして9月9日以来、村は沈黙と悲しみに包まれ、住民は別の攻撃を恐れて暮らしています。

死体の山が見つかりました。それらのほとんどすべてが頭を撃たれており、犠牲者の多くはすでに負傷しており、処刑されたことを示唆している。

「彼らのほとんどは頭を撃たれました。彼らの頭は折れ、脳は木から落ちた熟したパパイヤのようにこぼれました」とある居住者は言いました。

U Tun Ngweさん(86歳)は、拘束されて殴打されて死亡した兆候が見られ、死亡しているのが発見されました。かろうじて歩くことができなかった50歳の麻痺した男性が彼の家の椅子で射殺されました。軍事フンタ軍が遭遇したすべての男性が射殺されたようです。

何人かの村人は森や村の修道院に逃げました。約20人の軍事フンタ兵士と武装した男たちが修道院にやって来て、彼らが出てこない場合、隠れている人々を撃つと脅しました。
高齢者、女性、母親、子供を含む住民は、1時間以上ひざまずき、尋問を受けた。
 伝えられるところによると 
「あなたの子供と兄弟は、戦闘で殺された人々の中にいたに違いありません。
橋へ行って彼らの遺体を集めてください。
少なくとも遺体が10あります。
私たちが去った後、彼らの遺体を集めに行きなさい」
 軍事フンタの兵士たちは村人たちに話しました。

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目撃者によると、フンタ軍は家を燃やし、略奪した。
翌朝、彼らは去る前にさらに多くの家を燃やした。
その後、住民は自宅に戻り、遺体を集めました。
最年少の犠牲者はかろうじて16歳でした。

「犠牲者の何人かは彼らの家族の中で唯一の息子であり、彼らの両親は崩壊しました。
その日以来、村の誰もが老若男女を問わず涙を流しています」と住民は語った。

フンタ軍はまた、ガンゴータウンシップの約15の村を襲撃し、20人以上の地元住民を殺害し、数千人の村人を追放した。
彼らはガンゴーのHnanKha村を4回襲撃し、約50戸の家屋を破壊した。

軍事フンタの攻撃に応えて、ガンゴーPDFとチン防衛軍-ハカの合同部隊は、ガンゴー-ケイルロードの軍隊を地雷で待ち伏せしました。

政権軍から身を守るために使用した初歩的なライフルと一緒に、ミンタール村からの若い犠牲者の写真を見たとき、ヨーのいたるところの人々は非常に動揺していました。

AAPP 9/14(火)マグウェ管区Myaing TownshipにあるAye Chan Thar Sanpya村の件の補足、
数千人の軍事フンタテロリスト軍はこの地域に9/13(月)に来襲しました。
途中、PDFと幾つかの地点で衝突、圧倒的な兵力、装備の差もあるため、待ち伏せしては引き、待ち伏せしては引く方法しかありません。
今週この地域を徹底的に掃討した模様です。
村の人々は家から逃げています。
 一部の民家は焼かれました。
9月14日午前、軍事フンタがマグウェ地域のMyaingにあるAye Chan Thar Sanpya村を襲撃したとき、13歳のNay HtetOoとTunMyintという名前の別の子供が他の地元の村人と一緒に恐怖で逃げた後、射殺されました。
さらに、地元の村人、ミン・ミン、別名テット・ナイン・ミンが彼の足を撃たれ、逮捕され、そして発砲されて殺された。
 地元ローカルメディアKhit ThitによるとKoMinMinさんは撃たれて負傷した後、
生きたまま焼かれたと報告があります。
ミンミンさんEA8C120A-C93F-49D8-B0E2-D04501166325
ミンミンさんB2E12891-2FB7-4B35-B57C-CFA9DF8183D6
生きたまま焼かれ亡くなられたKoMinMinさん。こうした報告できた事例はほんの僅かです。
世界は知るべきで市民を助けるべきです。

☆2月のクーデター後、難民認定された在日ミャンマー人の方は何人でしょうか?
一人だけです。

ニュースで流れたミャンマー代表選手
空港出国ゲートで保護を求めて
認定を受けJ3サッカー選手になったピャエリァンアウンさんだけです。

日本の出入国在留管理庁、法務省はミャンマー本国の現在の状況に応じた対応、
(彼らが不法就労(非正規の方)扱いになり、仕事も出来ない、精神が参って自殺に追い込まれるケースもあるようです。)
難民条約に則った対応を求む。
(難民条約日本問題点等で調べてみてください。)
速やかに3100人を超えるミャンマー人申請者に対し
難民認定しなさい。

「緊急避難措置」は2年延長にしなさい。
ダウングレード(6ヶ月 週28時間の就労許可)をやめなさい。
(こんなグレード作っていること自体が問題!)
就労制限なしにしなさい。

欧米と違って日本の対応は問題です。
法務省幹部エリート官僚の中に外国人に対する差別意識(無意識か故意かはここでは問わない)
が見受けられる。
名古屋入管で収容中に死亡したスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんの件、
技能実習生 制度の問題、
一向に改善の気配なし。

全部繋がっているね。


2021年5月28日、ミャンマーの危機的な情勢を受け、
出入国在留管理庁は在留を希望する在日ミャンマーの方々に対して
6ヶ月の在留、就労を認める「緊急避難措置」の実施を発表しました。
それから115日以上が経過した現在、
現状にほとんど変化なし!!!
という実態が見えてきました。

#ミャンマー国軍の資金源を断て
  【経済産業省に要請提出】イェタグン・ガス田開発プロジェクトから
    ミャンマー国軍に資金が流れないよう早急な措置を求めます

 特定非営利活動法人メコン・ウォッチ
国際環境NGO FoE Japan 9/15日

https://foejapan.org/aid/doc/210915_myanmar.html

9/17MyanmarNow
一部追記
サガイン管区Chaung-U、ヘリコプター攻撃で5人のPDFが死亡
https://www.myanmar-now.org/mm/news/8447
Chaung-U PDF によると、9/16(木)グループの5人のメンバーが殺害され、
軍事評議会がヘリコプターを使用したサガイン管区のチャウンウ町の西約2マイルにあるメイキョウ村での衝突で
1人が逮捕されました。 Chaung-Uタウンシップのリーダーからミャンマーナウへ。

「昨日、村人たちは暴動(軍所有のMytel通信塔)から家に帰る途中で身を守った。
彼らはヘリコプター(Mi-17)で飛ばされた。ハッカー(ヘリから降りてきたフンタ兵士)を殴りながら誰かが倒れた(撃たれた)。
「それは狙撃兵のように見える」と彼は言った。

9月15日、Chaung-Uの西5マイル以上にあるKalarGyi村の近くにある軍所有のMytel通信塔(この数日、全国各地にある軍事フンタのMytel通信塔は幾つかが破壊、爆破された。)。
午後9時頃の爆破の後、軍事評議会の軍隊がこの地域の村々を襲撃していました。
  一部の目撃者によると、
地元の防衛軍がゲリラ戦術で対応したため、人口約300人のメイキョウ村の近くで1時間の戦闘中に
軍事フンタは地雷に襲われた後、軍事フンタ軍が地元防衛軍を取り締まったと述べた。

「遺体は切断され、置き去りにされた」と彼は言った。
9/17(金)子供たちは両親に拾われて埋葬されました。
すべてが消されてします。
「最高の写真を見たいので、オンラインで広まる写真を探しています」と、セキュリティ上の理由から名前を付けたくない村人は言いました。

軍事フンタ兵士から漏れたと思われる10秒間のビデオがFacebookで流布し、泥だらけの死体の横に5つの銃を肩に持った若い男がひざまずき、「ChaungOoPDF」(We’re ChaungU PDF)と叫ぶことを余儀なくされた。(捕らわれたのち、軍事フンタによって撮影されFB上に流された)
 それを拾った映像、シンセンティブな映像を許可して音声ONクリックしてください

捕らわれた819B89FE-60A5-496E-8EEB-1CEEFDA6E96F

軍によって残酷に殺害されたとされる5人の青年と1人の被拘禁者の家族は連絡を受けておらず、負傷者とその余波の詳細は不明である。
一部の地元住民は、2日前のチャウンウタウンシップでの衝突で8人のビルマ兵士が殺害されたと述べたが、これを個別に確認することはできなかった。

Chaung-U Township Information Officeは、9/17(金)、衝突中に軍が農民のオートバイを強制的に持ち去ったと報告した。

その後、
9/24(金)
2台の軍用車両がChaung-U PDF による地雷で破壊され少なくとも6名の軍事フンタ兵士が殺害された。

https://www.myanmar-now.org/en/news/military-vehicles-hit-by-landmines-in-chaung-u-killing-six-soldiers

約50年前のビルマ共産党(CPB)の時代からビルマ共産党の過半数が住んでいたサガイン管区の反軍事フンタ活動は2021年2月1日のクーデターによって復活しました。
 カレーミョは、 平和的な抗議を激しく抑圧した軍事フンタに対して
4月に若者市民が武装したサガイン管区の最初の町でした。

サガイン管区での暴力的な弾圧は、村全体を焼き払うなどの暴力的な方法を使用して行われています。
 https://www.myanmar-now.org/sites/myanmar-now.org/files/media/kheaanguiittng_cckeaangciik_rhttyaanysunttiukkhiuksphng_pdf_5_uiisechun.mp4

☆この若い方の云われることすごく良く分かる。
助け合う心、連帯意識!
https://www.facebook.com/100010928222646/videos/1253793591748752/?d=n
ミャンマーの方達の軍政フンタに対する抗議活動に足を運んでみると一般的な日本の人は驚くと思う。
と言うより、まずそのような気にならないでしょう。
現代の今の多くの日本人が無くしてしまったもの・・・

☆国連ミャンマー代表大使承認問題
ミャンマーの人々は、9/14火曜日(日本時間13日)のUNGAと資格委員会の会合に先立ち、9/12日ニューヨークで集会を開き、(世界の幾つかの都市で11日〜12日にかけて(日本は東京、他各地は12日))
国連のミャンマー大使であるU Kyaw MoeTunを支援しました。

ニューヨーク1115AAE4-462D-4FE4-B9E7-932E834635CC

https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmars-un-ambassador-to-stay-on-un-sources.html
9/14イラワジ紙
9/13日 Foreign Policy reported.

米国と中国は、ミャンマーの軍事支配者が来週の国連総会で演説することを効果的に阻止する協定を仲介し、クーデターで政権を握った後、国際的な正当性を求める軍事フンタの探求に打撃を与えた。
これは、軍事フンタとクーデターのリーダーであるミン・アウン・ライン上級将軍にとって大きな打撃となるでしょう。
 同時に、U Kyaw Moe Tunは、追放されたビルマの指導者と反クーデター抗議者で構成されるNUG国民統一政府を代表せず、軍の権力獲得を非難することを控えなければならない。
 この動きはまた、少なくとも11月までミャンマーの統治者が国連加盟国にそれ(NUG国民統一政府)をミャンマーの合法的な政府として認めるよう求める努力を遅らせるだろう。

「私たちが聞いていること、そしてこれはますます堅実に思われることですが、資格委員会は延期するでしょう。彼らは今、確固たる結論を出すことはできないと言うでしょう、そしてそれは[U Kyaw MoeTun]が留まることを奨励するでしょう」と国際危機グループの国連代表であるリチャードゴーワンは言いました。
 「どうやら、現在の大使は[この]ハイレベルな週の間は目立たず、政権を攻撃する機会としてそれを使用しないという静かな紳士協定があった」とゴーワン氏は付け加えた。
この取り決めは、外交政策に従って、欧州連合の代表者、ASEANおよびロシアの加盟国によって非公式に承認されています。

2月1日に軍のクーデター前にミャンマー政府を率いた国民民主連盟(NLD)の数人のメンバーは、中国はU Kyaw Moe Tunを国連の議席にとどめるように静かに国連に働きかけていると述べたが、中国の外交官はまた、この問題に関してNUGを支持することは確実ではないと述べた。

中国は過去に(クーデター以前)国連安全保障理事会でNLD政権を支持してきました。

※中国の特使孫国祥は8月下旬に慎重にミャンマーを訪問した。彼はSnr-GenMin Aung Hlaing、政権の外務大臣U Wunna MaungLwinおよび連邦政府庁長官YarPyaeと会談した。
 1週間にわたる訪問中、中国の使節は軍事フンタに、拘束された追放された指導者のアウンサンスーチーと話をするように促し、NLDを解散させないよう訴えた。

◎9/14(日本時間9/15)[第76回国連総会はミャンマーを含む幾つかの国の代表に対する国連資格委員会のメンバーの任命を承認した。
《議長スウェーデン、
ブータン、バハマ、チリ、中国、ナミビア、ロシア、シエラレオネ、米国、
合計9カ国》

※ミャンマー問題は米中間の協調調整が不可欠です。
これはそのことが表れた一例でしょう。
この件(国連代表問題)はしばらくはチョーモートゥン氏のままです。
ただし、NUG国民統一政府承認への承認運動は強く行っていくべきです。
11月以降の委員会も私個人の見解ですが、
ミャンマーに対する資格委員会の開催の再延期も視野に入れて行動すべきかと思います。
今後激化する軍事フンタの掃討作戦から如何にミャンマー(ビルマ)市民を守るか
10月、11月はミャンマー危機は正念場です。
PDF支援、避難民支援、超大国には彼らの通信手段の確保の手助けをしてほしい。

フンタに妨害されない通信手段の確保の手助けを!

https://www.irrawaddy.com/opinion/guest-column/un-ambassador-saga-spotlights-chinas-cautious-approach-to-myanmar.html9/18イラワジ紙コラム

☆ミャンマーの軍事フンタ政権はサガイン管区とマンダレー管区のいくつかの町で9/14(火)12:30〜(現地)インターネットアクセスを遮断しました。
イラワジ紙9/15
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-cuts-internet-access-in-anti-regime-resistance-strongholds.html
影響を受けたタウンシップは、軍事フンタ軍に多大な犠牲者を出した反体制抵抗グループの拠点です。

ミャンマーの3つの主要な通信事業者であるMPT、Telenor、Oredooのモバイルおよびwifiインターネットサービスは、火曜日の午後12時30分から、サガインのカニ、ミンギン、インマビン、ペール、シュウェボー、ブダリンの各タウンシップ、およびマンダレー地域のモゴケとミンジャンのタウンシップでブロックされています。[※以前から軍事フンタによる襲撃、略奪、虐殺が繰り返し行われてきた地域][これから起こる軍事フンタの作戦は非常に危険、今のPDFの装備では]

ミンジャン周辺

6月から8月までの3か月間に、地元の人民防衛軍との衝突により、サガイン地域で840人以上の軍事フンタ兵士が殺害され、355人が負傷した(PDF側の記録)。

並行する国民統一政府によると、サガインの184人の民間人もまた、軍事フンタ軍によって殺害され、49人が負傷した。ミャンマー軍事フンタはまた、マンダレーのモゴケとミンジャンの町のレジスタンスグループからの激しい抵抗に直面しています。
 Juntaが所有するMytelテレコムマストも先週から、SagaingおよびMandalay管区を含む全国で破壊されました。

サガインのYinmabinTownshipの居住者は、地元の人々と抵抗グループが軍事政権軍のあらゆる動きをオンラインで共有しているため、民間の抵抗戦闘員がこの地域のあらゆる衝突で軍事フンタ軍を打ち負かしたと述べた。
「実際、彼らは[情報を共有する]人々を恐れているので、彼ら[軍事フンタ]はインターネットアクセスをブロックしている」と居住者は言った。
インターネットの停電前、サガイン地域の一部のFacebookユーザーとFacebookページは、潜在的な襲撃を事前に通知するために、政権軍の動きに関する情報を積極的に共有していました。

Kani-PDFのスポークスパーソンは、インターネットの停電は、軍事フンタがこの地域の民間の抵抗勢力を攻撃することを計画していることを意味し、地元の人々が軍隊の動きに関する情報を共有しないようにしたいからだ。とイラワジに語った。

この数日間、ミャンマー軍のガンボートがチンドウィン川を巡視し、ヘリコプター(Mi-35)が頭上をホバリングしている間、ジュンタの兵士がカニタウンシップの村を襲撃している。

「彼らはインターネットと情報の流れを遮断することで、ここの人々を怖がらせています。彼らはまた、ヘリコプター、ドローン、砲艦で私たちを怖がらせます。これは私たちの人々に対する一種の心理戦です」とKani-PDFのスポークスマンは水曜日にTheIrrawaddyに語った。

7月、8月、軍事フンタ軍は電話とインターネットアクセスを遮断した後、カニの一連の村を襲撃した。

多くの地元住民はまた、インターネットの停電が、軍事政権がこの地域の反政権の拠点に激しい暴力を振るう可能性が高いことを意味することを懸念しています。
8月以降、インターネットアクセスは、カチン州の翡翠採掘の町Hpakantの軍事フンタによっても遮断されました。

☆カチン州ハルカント 軍事フンタも民族側も、
採取したここの翡翠を(世界の翡翠の8割前後)中国への国境貿易が収入源の一つ
採取における劣悪な環境下で亡くなった地元民も多いと伝えられている。

カチン ハルカント2502884D-C1AE-4EB0-9C86-C21D39416ABF
Myanmar Now 9/15日
翡翠ハンターは、憎まれた軍事政権との戦いに参加するために、富の探求を保留にしました。
Hpakantの一部の若い幸運を求める人々は、自分たちの国の未来を自分たちの前に確保しようと決心しました。

https://www.myanmar-now.org/en/news/jade-hunters-put-their-quest-for-riches-on-hold-to-join-the-fight-against-a-hated-regime


9/18(土)現地PM15:00頃
チン州サントランで軍事フンタ軍による迫撃砲攻撃で爆発と火災が発生、
SianginnSang地区の約20軒が焼失した。
この火災を消化活動の為にオートバイで向かおうとしていた
TCBCの教会牧師であるCungBiakHmun牧師は、軍事フンタに射殺された。
軍事フンタテロリスト兵士は牧師の指を切り落とし、結婚指輪を奪って行った。
牧師は妊娠中の妻と2人の子供を残し
30歳の若さでこの世を去った。
教会は軍事フンタテロリスト兵士の銃撃を受け穴だらけである。

写真チンワールド9/19 18日夕方のサントラン
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チン州の反軍事フンタ抵抗勢力は週末にチン民族軍グループと合流し、インド国境近くのチン州の軍事フンタ前哨基地を乗っ取り、銃撃戦で12人の政権フンタ兵士を殺害したと情報筋はRFAに語った。
RFA9/13日,14日

https://www.rfa.org/english/news/myanmar/outpost-09142021170709.html


チン国民戦線(民族戦線)CNAの約400人の戦闘員の連合と、
新しく組織されたチン防衛軍CDF(PDF)は、土曜日の夜、チン州のサントランタウンシップで有人の前哨基地の幾つかを制圧することができました。
 CDFは、2月1日、アウンサンスーチーの民主的に選出された政府を追放した軍事フンタの軍事的乗っ取りと市民に対する暴力に反対し、自ら市民を守るために武装した市民によって形成されました。
 彼らは、ミャンマーの少数、チン民族を擁護する民族政治組織であるチン国民戦線(CNF)に接続された武装グループであるCNAと力を合わせました。1988年の設立以来、CNAはミャンマー軍と戦ってきましたが、2012年と2015年に停戦協定に署名しました。

地元紙TheIrrawaddyによると、CDFの8人のメンバーが週末の攻撃で命を落としました。

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サントランのCDFスポークスマンであるRonoeLianは、Lungler村の基地をめぐる衝突は2日間続いたとRFAに語った。
「9月10日の夕方、CDFとCNAの合同部隊がキャンプを包囲しました。その日は、4時間の戦闘があり、午後1時頃、ジェット戦闘機が2回飛行しました。周囲を一周し、4回爆撃した」とロノエ・リアンは語った。
 軍事フンタの航空支援は、その日に約9〜10回この地域を爆撃した、とRonoeLianは述べた。
「2日目は、5時間から6時間以上戦いました。最後に、私たちはキャンプをオーバーランし、軍事フンタのすべての弾薬を押収し、火をつけました」とロノエ・リアンは言いました。

彼は、チン連合は、インドのミゾラム州のすぐ向かいにある軍事フンタキャンプに保管されている弾薬と小型武器を入手することができたと述べた。
収容所には12人の兵士が配置されており、数か月間援軍支援がありませんでした。
CDFはRFAに、基地が乗っ取られた後、おそらく偵察任務でフンタの軍用ヘリコプターがその地域で発見されたと語った。

CNAのスポークスマンSalaiHtet Niは、軍がこの地域に援軍をもたらす可能性が高いため、戦闘が激化する可能性があるとRFAに語った。
「軍はここに多くの圧力をかけることができます。
私たちが知っていることは、彼らがこの地域に援軍を送っているということであり、彼らは州全体のすべてのCDF(PDF)運動を一掃することを計画していると聞いています」とSalai HtetNiは言いました。

「そのため、より大きな衝突が予想されます。これが起こると思う」と述べた。

土曜日に戦闘が始まったとき、基地の近くに住む約1,000人がインド国境に向かって逃げた、と情報筋はRFAに語った。
「ロングラー村と他の2つの近くの村の人々は、戦闘を避けるために安全に逃げています」と、セキュリティ上の理由で匿名を要求した居住者はRFAに語った。
「戦闘が始まる前に家から逃げ出した人もいました。その後、より多くの人々が国境に向かって逃げた」と述べた。

インドに本拠を置くChinHuman Rights Organisation(CHRO)の副事務局長であるSalai Za Op Linは、最近約1,000人の民間人がミゾラムに逃亡したとRFAに語った。

「村人のほとんどは安全に逃げてきました。
今朝、近くで軍用機が飛んでいるのを見たとき、村人の多くはおびえていました。
軍用機が現れた9月10日以降、多くの村人が家を出たと聞いた」とサライザオプリン氏は語った。

「彼らはミゾラムのキャインセン村に向かって逃げましたが、近くに避難している人々もいます。合計で推定5,000人です」と彼は言いました。

CHROは、クーデター以来、3万人以上がチン州からミゾラムに逃亡したと述べた。軍は多くの地域で道路チェックを設置することで対応しました。これは州の特定の部分を物資から切り離し、食糧不足を引き起こす可能性があります。

軍事フンタのスポークスマン、ゾー・ミン・トゥン少将はコメントできなかった。

前哨基地への攻撃は、9月7日のミャンマーの影の国民統一政府(NUG)が支持者に全国的な反乱に関与するよう促した数日後に起こった。ドゥワ・ラシ・ラ暫定大統領は、軍事フンタの完全な転覆を求めた。
それ以来、国中の軍事フンタ兵士と市民防衛グループの間の衝突が増加している。

サントランからの避難民
サントランタウンシップとその周辺での戦闘により、5,200人以上が避難し、食料や避難所がなくなりました。

https://www.myanmar-now.org/mm/news/8454

RFA 9/7日

《NUG国民統一政府は9/7日、軍事フンタ政権に対し宣戦布告した。》
全てのビルマの人々に蜂起を促した。

イラワジ紙9/7
https://www.irrawaddy.com/news/burma/head-of-myanmars-shadow-govt-says-world-will-back-its-declaration-of-war-against-junta.html
ミャンマーの影の国民統一政府(NUG)の代行大統領は、それが必要なステップであったので、国際社会が国の軍事政権に対するNUGの宣戦布告を支持するであろうという確信を表明した。

NUGは9/7火曜日に軍事フンタ政権に宣戦布告し、
☆ドゥワ・ラシラ大統領代理が市民に
「国の隅々で[クーデターリーダー]ミン・アウン・ラインが率いる軍事テロリストの支配に反抗する」
よう呼びかけた。
 「近隣諸国、ASEAN諸国、国連、そして世界の他のすべての国は、私たちが国の現状に基づいて必然的にそれを行うことを理解していると私は信じています」と彼は国へのスピーチで述べました。
 この発表は、今年のニューヨークでの国連総会の開会の1週間前、および地域ブロックASEANの特別使節が、国内での人道援助の提供を可能にするために4か月の停戦を要求した数日後に行われました。

アウンサンスーチーとその民族同盟国が率いる国民民主連盟の追放された政府から選出された議員によって主に4月に結成された並行政府は、国内外で人気のある支持を享受してきました。
多くのミャンマー人はそれを彼らの合法的な政府と見なしているが、軍事政権はそれをテロ組織と名付けている。

NUGの火曜日の全国的な武力闘争の呼びかけは、ミャンマーの「第二の抵抗の日」として歴史に残るでしょう。最初のものは、1945年に日本のファシストに対する国の武力抵抗の始まりを示しています。
今回、ミャンマーの人々は、彼ら自身の市民、つまり彼らが保護することになっている人々を抑圧し殺害している将軍に対して反乱を起こすよう求められています。

ミャンマーの多くは、2月の軍事クーデター以来すでに反乱を起こしています。
政権の抗議者に対する致命的な取り締まりにより、多くの若者が武装することを余儀なくされた。
火曜日の影の政府の宣戦布告は、
軍事フンタに対する進行中の武力闘争を別のレベルに加速させる可能性があり、
戦闘は全国的に激化すると予想されている。

火曜日の同国への演説で、大統領代理は、人民防衛軍(PDF)として知られる民間武装グループのメンバーに、
「それぞれの地域の軍事フンタとその資産を管理することを目標とする」
よう促した。

武装の呼びかけは、これまで主に国の民族武装グループからの抵抗に主に直面してきた政権の軍隊にとって、物事を著しく困難にする可能性があります。
民族武装集団から武器訓練を受けたPDFが全国に散らばっているため、
今や彼らの戦場は都市部と農村部の両方にあります。
軍事フンタ政権の兵士は、民間人に対する残虐行為のためにすでに人々に嫌悪されており、連隊の門の外に出るとすぐに、民間人によるあらゆる種類の致命的な攻撃に対して非常に脆弱になります。

ドゥワ・ラシラ大統領代理はまた、民間地域を暴れ回り、恣意的な殺害や逮捕などの犯罪を犯した政権兵士とは対照的に、
命令と交戦規定を厳密に守りながら、人々の生命と財産を注意深く保護するようPDFメンバーに指示しました。
彼ら(軍事フンタ)の襲撃の間。

PDFメンバーへの指示に加えて、大統領代行は人々の安全をカバーする一般的な指示を出しました。

「すべての市民は不必要な旅行を避け、あなたの個人的な安全を気にかけるべきです。
必要な物資と薬をkeepします。Assist the PDFs and their allies」と述べた。

国の民族武装組織と協力することの重要性を念頭に置いて—カチンとカレンのグループは反体制運動と連帯して政権軍を攻撃してきました—彼自身が民族カチンであるDuwa Lashilaは、すべての民族武装組織に直ちに発足するよう呼びかけました。
彼らの地域の完全な支配を維持しながら、いかなる手段によっても軍事政権の軍隊への攻撃。
彼はまた、国境警備隊や人民兵など、軍事フンタ政権と同盟を結んでいる民族軍に、人々と協力して人々の敵を攻撃するよう呼びかけた。

「この革命は a just revolution, 平和な国と連邦連合を構築するために必要な革命です」と彼は言いました。

彼の演説の中で、大統領代理はまた、政権のために働いているすべての公務員に彼らの事務所に行かないように促し、すべての兵士と警察にすぐにPDFに参加してNUGに報告するように求めた。
 彼は、PDFの最も一般的なターゲットの1つである、政権によって任命されたさまざまなレベルのローカル管理者に対処することを忘れませんでした。
彼はスピーチの中で、「軍が任命したさまざまなレベルの管理者全員がすぐにあなたの立場を離れる」と主張した。

軍事政権が抗議者を取り締まり始めて以来、ミャンマーの政府行政システムの主要な要素である村と区レベルの行政官とその事務所は殺害され、焼かれ、爆撃された。
これまでのところ、少なくとも数十人の地方公務員が殺害されており、攻撃は続いています。

大統領代行はまた、NUGは、この革命で命と財産を犠牲にしたすべての人々を国民的英雄とヒロインとして認めると述べた。

「人々の団結、創造性、知性、情熱、そして粘り強さに基づいて、革命期間はより短くなるでしょう」と彼は言いました。

タイの警察はタイに滞在しているミャンマーの影の国民統一政府(NUG)に関係する人を逮捕するよう警告されています。

ミャンマーの軍事政権は、東南アジア諸国連合(ASEAN)のミャンマー特使による4か月の停戦の呼びかけを受け入れたことを否定しました。

MyanmarNowのこの記事、軍事フンタに逮捕された8月2日、ヤンゴンの看護大学の21歳の学生であるThinzarTunさんの出身地であるマグウェ管区Paukタウンシップ キンマ村は6/15日、軍事フンタによって村は https://fb.watch/7OqCi9OLAj/ キンマ村6/15~16焼き払われました。

https://www.myanmar-now.org/en/news/families-fear-for-nurses-detained-over-accusations-of-pdf-ties
その後、9/2に各媒体で「米などの食料援助物資が軍事フンタによって燃やされた」報道がありました。
3621FF81-BE38-4D59-99A4-6401243836B9
その後軍事フンタは9/3paukタウンシップ西部の村の村民を撃ち殺している模様。現地市民

そこから北東へ
サガイン管区KyaySarKya village,YinMarBin township9/4朝の軍事政権に対する抗議

同管区Salingyi北部とYinMarBin東部の村人、9/4早朝、
178日連続で軍事政権に対する彼らの
毎日の抗議を行った。

ちょうどその頃、そこから南へ
Paleタウンシップでは9/4(土)村々からおよそ5000人が逃げだした。
理由は

そこから東へ
9/3Kale & Monywa tsps
Kaleタウンの4つの村(Lezin,Ywarhtg,AungThar,MyayNae)に対して
軍事フンタはPM15:00頃 14両の軍車両で村々を襲撃、破壊した。

◎また、先週末(9/3~4)サガイン管区カレーミョ南部13の村の何千もの村人が家を追われました。
これはVOA(ボイスオブアメリカ ビルマ)で9/6報道されました。
https://burmese.voanews.com/a/Myanmar-military-storm-villages-in-Kalay-township-middle-Burma-/6213912.html
「地元の人々は、犠牲者は武装したPDFグループのメンバーではなく、地元の村人であると主張しています。
逃亡中のTinTha村の人々は、軍事評議会がSagaingDivisionのKalemyoTownshipの南を流れるMyittha川の東岸と西岸に配置され、近くの村の村人に発砲したと述べた。
8月27日、軍がMyittha川の西にあるTin Thar村に入ると、村人は逃げることを余儀なくされ、軍隊が去ったときに戻った。しかし、9月2日、軍事フンタ軍隊は村に戻ってきて、村人たちは再び逃げなければなりませんでした。
今朝(9/3日)、彼は重砲でその地域を一掃し、小さな武器と軽兵器でその地域を追いかけました。」

9月3日、「軍事評議会が重火器と軽火器でIngyun村を襲撃したため、KalayPDFが応戦しました。
伝えられるところによると、9月4日、軍が遠隔地の村に向かう途中でPDFグループに発見された。地元のPDFによると、戦闘がIngyun村で発生し、PDFチームの3人のメンバーが負傷し、軍事評議会の8人のメンバーが殺害された。VOAは声明の中で死者数を確認することができませんでした。」

 カレーミョ南部のミッタ川東岸の8つの村と西岸の5つの村で、約3万人が避難した。
Myittha川の東岸にある村はKyaukse、ကျောက်ထုတ်、အင်းကျွန်း、ရေရှင်、လေချား、ကုက⁇ိလ်、ရှားတော်、ヌワ村。ကျောက်ဖူး、ဒိုးနွယ်、EastSiVillageとKyanTharVillage。

現地民関係者のTwitter9/4着
Ingyun villageを
9/3 AM9:00頃 襲撃した。重砲撃を行った。
PM19:30頃 軍事フンタは民家に火を放った。
これにより村人はYeshin villageへ避難移動。

上にスクロール後、音声on
火を放った軍事フンタhttps://twitter.com/myothurakhrael/status/1433820543153631234?s=27
サガイン西部カレーミョ周辺
カレーミョ周辺E6DBAFC6-C2EF-4B60-A3D2-992CB17EF7C9
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Shot DEAD 50歳のUkanTunさん。
Phalamchaing村からChaungSone村へ向かう途中、軍事フンタテロリストによって首をやられた。
9/4 AM4:00頃のこと、
その後、約30名の軍事フンタテロリストはInkokka村を襲撃した。

RFA Burmeseラジオフリーアジア ビルマ9/1によると
現在サガインの19の村から5万人以上が逃げることを余儀無くされている。とある。

※9/6の時点で判ったことはカレーミョ南部一帯で3万人の避難民であるから
サガインの他の地域とマグウェ北部で10万人は避難民になっている模様。

サガイン中域

亡くなられた若者。水際から引き上げられた時、彼の右足は膝から下が切断されていた。
あまりに酷い。転載はこれのみにしました。地元民ツイート

亡くなった方76E6495D-9A22-4FCB-93E5-012EA37309BC

本当はNHKにNHKスペシャルで これくらいの仕事してもらいたいのだけれど・・
日本のメディア体当たり的な・・熱意というか・・感じないんだな最近は。
この前のミャンマーのNHKスペも中途半端!
このアルジャジーラの取材、あっぱれ!

2月クーデター前までは、ごく普通の若者達でした。
軍事フンタの市民弾圧が始まり仲間が殺され、国際社会は傍観者!!!
自分達を守るために彼ら彼女達はカレンやカチンの民族組織へ難を逃れ軍事訓練を受ける。
そしてPDF戦士となる。
 これはKIAカチン独立軍のキャンプで軍事訓練を受ける若者達をアルジャジーラが取材したもの。
後半はカレン民族同盟支配下子供達学校がフンタに破壊された映像とカレンの方達へ取材
最後はKIAキャンプでの訓練を終えた若者達PDF戦士

それから1~2月後・・・

最近の映像

https://fb.watch/7YbpjBtql-/実戦PDF

https://fb.watch/7YbNW9oU31/歌うPDF

https://fb.watch/7Yc9u0vKKO/歩くKNU

https://fb.watch/7YcvXTcnbF/革命歌とカチンキャンプ訓練PDF

※補足しておきます。
これらの武器の購入資金は何処からでしょうか?
答えは在外国ミャンマー市民達からの寄付金です!!!
何処の国も救済のパワーを派遣しませんから自らの命は自らの手で守る。
そして悪魔の軍事フンタを倒す!
本当の市民の軍隊!!!
故に私は小さいけれど僅かだけれど手を差し伸べる。

渡邊B78D57AB-8DB6-4552-B1B4-F3066C8EB182

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☆なぜ、
日本政府はミャンマー軍事フンタ側に寄り添うのか☆
理由が判る記事 以下ご参照
 

(4)日本ミャンマー協会「市民弾圧する軍」擁護の衝撃 8/2東洋経済オンライン
https://toyokeizai.net/articles/-/444646?display=b

沈黙するキーマンはいま、何を思う
(3)国軍を擁護?日本ミャンマー協会会長の真意6/2東洋経済オンライン
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27399

国軍と日本企業の「親密な関係」
(2)クーデターで表面化する日本企業の人権リスク5/14東洋経済オンライン
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26949

インタビュー/上智大学教授・根本敬
(1)ミャンマーの平和実現へ「国軍偏重外交」を見直せ5/12東洋経済オンライン
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26943

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※PDFはメコンウォッチ、FoE Japan、資料

 国軍所有地に年2億円支払い/日本政府系銀行「JBIC」の融資プロジェクト | ミャンマー見殺し(1)
https://tansajp.org/investigativejournal/8282/
5000億円の借金帳消しで「利権」に道 | ミャンマー見殺し(2)
https://tansajp.org/investigativejournal/8306/
巨大工業団地ティラワ/日本ミャンマー協会会長の「剛腕」| ミャンマー 見殺し(3)
https://tansajp.org/investigativejournal/8341/
☆ニューズウィークが記事取り下げ/日本ミャンマー協会からの抗議受け(4) | Tansa
https://tansajp.org/investigativejournal/8380/
※この記事から永井浩氏の記事へ続いてください。

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(日本ミャンマー協会から抗議を受けた)
☆ミャンマーベテラン記者:元毎日新聞
永井浩氏のミャンマー日本関連記事の一部☆ 
(ドー アウンサンスーチー著書(ビルマからの手紙)等の訳者でもある)

日本の悪しきミャンマービジネスについて分かりやすく書かれています。
 日本が強い制裁に踏み込まない理由も当の族議員の考え方もそれとなくわかると思います。
2011年ミャンマー民政移管後に時のテインセイン大統領と日本側日本ミャンマー協会会長渡邊氏との会談で始まった日本のミャンマービジネス。
その後、官民あげて積極的に関わっていくのだが…

 
「ミャンマーと日本の国民が真の交流と友好関係を発展させていくためには、黒い霧に隠れて甘い汁を吸ってきた連中を取り除かなくてはならない。
そうでないと、これまでの日本に対する私たちの好感度が損なわれていく恐れがあります。」

  3月、既に損なわれつつあります!!→ 改、8月、既に損なわれています!!

他にも有用な記事が幾つかあります。
リンク先から他の記事に入っていってください。

 

《1》日本ミャンマー協会会長が国軍司令官と会談へ 混迷する情勢に両国間の対応協議か
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202105141313505
《2》クーデター直前にスーチー氏と国軍トップと会見した日本のODAビジネスの黒幕 狙いは何か?
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202104161022035
《3》進む自衛隊とミャンマー国軍の将官級交流 クーデター首謀者も3度来日、安倍首相と会談
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202105040833162
《4》利権がつなぐ日本とミャンマー「独自のパイプ」 ODAビジネスの黒幕と国軍トップがヤンゴン商業地開発で合弁事業
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202105070915255

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また、現在のこの渡邊氏とその息子、と 軍事フンタ代表ミンアウンフライン上級大将 との関係が、
(テインセインが大統領になるずっと以前から渡邊テインセインの良好な関係(この頃の状況は理解可)
(現在の行為は日本の国益に反する!!!))外務省(丸山大使)の頭を飛び越し、この両者の中で事実上日本のミャンマービジネスが取り決められ、これにまつわる政権与党有力者
(麻生副総理、甘利、等)の後ろ盾もあり、
日本外務省、外務大臣はODA停止をちらつかせるだけで、

日本として具体的な行動はなにもしない(出来ない)のである。
 あと、彼らは民心というものを未だ理解できていないように見える。

 ◎「私はこう思う。The US State Department should consider imposing sanctions ,to Mr. Watanabe.」

1988年以降のミャンマーの状況、及び国際環境と
2月の軍事クーデター前後〜の状況とでは
次元が全く違う。
 

亡くなられた当時の中曽根康弘元総理や
後藤田正晴元官房長官が
今の渡邊氏の行いを観たらどう思われるであろうか。
きっと叱責されると思います!!

また、彼がお会いしたことのある
キンニュン元首相は
きっと快く思っていないでしょう。

共同通信6/28
”ミャンマー国軍と元日本郵政大臣が率いる会社とが連携した合弁会社”
https://english.kyodonews.net/news/2021/06/3087036896b3-firm-led-by-former-japan-minister-in-jv-linked-with-myanmar-military.html

これにまつわる6/29中日新聞記事
新聞B27A935A-7C68-4021-84EA-61CFD4EB595B
新聞0C9B8737-B1B8-4A78-8A77-50FEB1DC11F3

5/26TheDiplomat 「On Myanmar Japan must lead by example」 「ミャンマーで日本は模範を示してリードしなければならない」 上の新聞記事写真の中”英字紙への寄稿文” 渡邊会長の息子

※以下、以前の転載分は『トピックス』のコーナーにあります。
トップページ一番上のメニュータブから
『インフォメーション』→『トピックス』をクリックしてください。

 ミャンマー連邦共和国挙国一致内閣 国民統一政府NUG WEBサイト立ち上がりました。ビルマ語英語切り替え
https://www.nugmyanmar.org/en/

 ガガーリン8707D0D9-71D1-43AC-B9F8-AA07018B3F5F

有松絞会館前、ユーラシア食堂さらび店前にございます
『石碑』について。

石碑1
ユーラシア食堂さらび店前にあります石碑はどのような石碑かご存知でしょうか・・

この石碑は 江戸時代後期の歴史家、思想家、漢詩人、文人で

幕末、明治維新から昭和の戦前期まで広く影響を与えた『日本外史』(幕末から明治にかけてもっとも多く読まれた歴史書)などの著者、頼山陽(らい さんよう)が1813年11月、有松 井桁屋に一泊することになった時に見た当時の有松の街、絞り染めのすばらしい衣、桶狭間の古戦場、を 頼山陽の感性によて見事に描かれた『過 有松邨』(詩)であります。さらび店内に詩のリーフあります。
 山陽1
山陽2
  
歴史ファン必見!

とは言うものの戦前、戦中世代の方々には大変良く知られた人物なのですが、戦後世代以降にはほとんど知る人がいません。

簡単に補足しておきます。

山陽写真

頼山陽(らいさんよう)
1781〜1832 名は襄(のぼる)
主著『日本外史』は
幕末の尊王攘夷運動に影響を与え、日本史上のベストセラーとなった。
幕末から明治にかけてもっとも多く読まれた歴史書。
(外史とは民間による歴史書の意)伊藤博文(倒幕派)、近藤勇(佐幕派)の愛読書であったことでも知られる。

ただし江戸幕府の正当性を主張したとする山陽自身の説明があったにも関わらず、
この部分が世に出る事がなかったために幕末において「誤読」され続け、
山陽の随筆意図と無関係な尊王攘夷や
むしろ対極にある討幕論が生み出された。

また山陽の説明(「例言」第四則)がこの世に出た以降も討幕に否定的な歴史書であることが意図的に無視される。

そして明治以降は天皇制の権威付けに
昭和6年以降〜終戦までは思想統制に利用され、

こうした経緯があり戦後GHQの意向により意図的に知られなくなる。

山陽のことが戦後世代にあまり知られていないのは当然である。

では 日本外史の中でもっとも分かりやすい山陽の描写

『敵は本能寺にあり』これでおわかりですな・・・

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店主の書評 『頼山陽と戦争国家』著 見延典子

 
没後の頼山陽の評価の変遷をまとめ上げた貴重な書。
巻末には貴重な関連資料集あり。

そもそも現代日本人のほとんどは頼山陽のことを知らないであろう。
昭和12〜3年生まれ以前の方々には ほぼ100%知られた存在。
何故なら『日本外史』の「桜井駅の訣別」は
当時の教育現場で読み継がれていた。
戦前の国定教科書である。

と云ったところで余程の昭和史通、又は「太平記」(楠正成だー)って分かる歴史通、
又は戦前世代にしか理解して頂けないのだが…

江戸時代後期の 歴史家、思想家、漢詩人
である頼山陽がまとめ上げた民間による日本の武家の歴史。

『日本外史』は平氏から徳川氏まで、
(この時代までの日本のこれまでの歴史をまとめ上げた 日本の歴史 なる書は一般人が目にすることはまだ無かった。
信長公記、甲陽軍鑑、太平記など各々の記録は沢山あるのだが)

これが『日本外史』で当時の老中首座 松平定信
に高く評価されるのだが、
  世の中に知られるようになるのは
  山陽の死後の話。

時が経ち、多方からこの「日本外史」が出版され(当時は著作権など無い)
幕末の大ベストセラー
(ある部分が削られた=誤読される)になる。=(尊皇攘夷に影響を与える)吉田松陰

幕末期、佐幕派(例として土佐藩主 山内容堂公、 天璋院篤姫、 新選組局長 近藤勇)にも
討幕派(例として吉田松陰  伊藤博文「日本政記」も)にも愛読される。

明治政府以降天皇の権威付けに利用させていく。
 何が? どのように?

本書には山陽が『日本外史』『日本政記』(神武天皇に始まる歴代天皇の事績をまとめ上げた書)をまとめ上げるにあたって
山陽が調べた、熟読した山陽以前の過去の書物、参考にしたであろう多くの書物、
研究者が注目する当時の太平記ネタ本=こちらのほうから世に太平記が知れ渡る など紹介しつつ再確認しながら

その後、明治から大正、昭和と時が経つにつれ、どのように曲解されていったか…

※主に南北朝時代→太平記→日本外史と日本政記→南朝正統論→南北朝正潤問題→楠正成→桜井駅の訣別
(つくられる「忠臣」楠正成像)→湊川神社
山陽漢詩の書換え「七生滅賊」が国益に沿うように「七生報国」
頼山陽先生百年祭昭和6年

紹介しつつ再確認し、
昭和初期の事件、出来事と照らし合わせながら
時の政治によって右傾化する頼山陽をじんわりと浮かび上がらせる。

進む軍国化思想統制→頼山陽の神格化→反論

戦後 消える頼山陽=GHQ

また、序盤の頼山陽をとりまく政治世界
では「日本外史引用書目」(259の参考文献)の中で『大日本史』(水戸光圀が編纂に着手)
と『大日本史賛藪』(水戸黄門の格さんの論賛)についての記実あり、山陽に影響を与えたことが分かる。

また水戸藩が編纂をはじめた『大日本史』は完成するのが二百数十年後の1906年。

安積澹泊(格さん  御老公の御前である 頭が高い 控えおろう)の論賛が削除されたり
=後期水戸学派によってつくられた「大義名分論」

削除を企た理由=いわゆる国体の概念。→大正、昭和天皇も認めていた“天皇機関説”の排除。

[本書に出てくる天皇機関説から本書の外へ時計の針を進めると、終戦を境に復権した(ヨハンセン)吉田茂は“天皇機関説事件”で野に下った金森徳次郎に自らの内閣で憲法問題専門の国務大臣ポストに就いていただき帝国憲法改正案(日本側の案とGHQが示した案を元に新たな憲法改正案を練っていた)を“現実の憲法”=今の日本国憲法
に仕立て上げるためにコンビを組むのである。吉田茂は憲法作りに政治生命を懸けた。(幣原や吉田は日本占領に口を挟むことの出来る極東委員会の中には日本の天皇制に批判的な国々から糾弾を受ける可能性があり、(天皇の戦争責任、天皇制の廃止)天皇を守るには時間との戦いであった。マッカーサーと吉田の気が合ったのも大きい。(例、昭和天皇とマッカーサーの写真))   こうした吉田や金森をはじめ、現在の日本国憲法を練って闘った政治家、関係者(例 白洲次郎)、昭和天皇側近たちの動きを無視して「占領軍の作った憲法、押しつけ憲法」と批判して改正を声高にするのは皮相的で批判する側の見識の無さが見て取れる。吉田が権力の座から降りた後、改正論者(例 鳩山一郎、岸信介)の言に反射的に反発する。(「当時の社会党などが主張する護憲派とは異質の政治姿勢であり、系譜であるように思うのである」作家で昭和史研究の保阪正康氏)  ] 

話を戻すと、『大日本史』に多くの編者が関わったりしたことで、
原点である徳川光圀(御老公様 先の副将軍 水戸光圀公)
の考えから離れていった。

水戸学は 前期水戸学派 後期水戸学派
と分かれ 系列が異なる。

筆者曰く 
水戸学の変質にあわせるように、
山陽も道連れにされた観がある。

 初志を貫徹しるため山陽は多くの書物を読み、
人の意見に耳を傾けた。
批判もしたが、なるほどと思うものは貪欲に吸収しようとした。
その上で自分なりの独自の視点を身につけ、思考を深めた。
山陽が書いたものが誰かの踏襲であったり
踏襲と踏襲が掛け合わさったりしているように思えるのも、だから必然である。
山陽や著作をありのままに受け入れて読むところから、
山陽の再評価の道は開けていくであろう。

新聞1 D6DF5543-EE99-4F15-9746-51DD120ADDB6 
新聞2 E1BA1081-456E-4724-B136-96367A659A72
新聞3  04BCC617-9FEE-4CB0-A186-6D570D5305B2
新聞4 BF4D46CC-018E-428B-8D5B-F1AAF4E0B8AC
※旧ソ連によるシベリア抑留と旧日本軍によるシベリア出兵 
による犠牲者追悼墓参を長年されてこられました横山周導氏率いる
NPO法人『ロシアとの友好・親善をすすめる会』が
会員の高齢化に伴う会員数減少により継続的な法人としての運営が困難となり
2020年7月、解散された。
非常に残念な思いです。

本 DDC4F21E-5073-449A-BD1B-0BA114FB66DD
厚生労働省(ロシア連邦政府等から提供された抑留者関係資料一覧)
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/syakai/soren/itiran/index.html


*こちらもご覧ください*